第190話
「ふぅ。緊張してきた」
みなみは今、トロピカルエースの所属事務所「six moon」の本社前に立っていた。
本社ビルは昨年、トロピカルエースの活躍の恩恵もあって渋谷の一等地へ移転した。
今日は社長に夕陽との結婚の意思を伝える為に来たのだが、中へ入る前から既に緊張で手汗が半端ない。
「うっ…また今度にしようかな」
「なーにやってんの。そんなところに突っ立ってアホ面晒して」
「うわっ、も…森さん。驚かせないでくださいよ」
怖気付いたみなみは途中で引き返そうと踵を返した。
すると目の前にはムッとした顔で腕を組む、森さらさが立っていた。
「だって車降りた時から見かけて、声かけようと思ったら全然そこから動こうとしないんだもん。何やってるのって思ったの」
さらさはまだ正月が明けたばかりの真冬だというのに、もうコーラルピンクの春モノのコートを着ていた。
襟ぐりも大きくて、それが映えて顔の血色も良く見える。
「うぐっ…。だって怖いんだもん」
「あ〜ぁ。例のアレの報告か。フンフン。中々早い対応じゃない」
みなみの言葉から目的を察したさらさは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにリーダーの顔を取り戻す。
「森さんや早乙女さんが早く行けって言ったんじゃん」
「そうだけど、あんためちゃくちゃなワリにいつもこういう場面になると日和るから、まだ言わないつもりだと思ってたのよね」
「うわぁ、酷っ」
みなみは目を細めてさらさを睨む。
「あははは、まぁこういう事はしっかり事前に事務所と話し合って決めた方がいいのは本気よ?事務所通さずいきなり事後報告だけしたらフォローが大変だし、場合によっては事務所との関係も悪化しかねないわ」
「そんなのわかってますよ。早乙女さんにめっちゃ言われましたから」
「何、もしかして反対されるとでも思ってるの?」
さらさがみなみの顔を覗き込んでくる。
その瞳には揶揄うような色はなく、ただ本当に心配しているのが窺えた。
「それは………はい。思ってます」
「あははははっ。今時そういうのはないでしょ。大丈夫よ。ただ事務所としては発表には今受けている仕事のスケジュールとかビジネスとしての兼ね合いを打診する必要があるから最初はあまりいい顔しないかもしれないけどね」
「えーっ、そんなぁ」
「もうそんな顔しないの。大丈夫だって。ほら、もうそろそろ行かないと。アポ取ってんでしょ?」
「はい…」
さらさは軽くみなみの肩を押した。
「みなみ、ちゃんと幸せになってよね。じゃないと私が取っちゃうよ?」
「うっ…それは困る!森さんは危険」
みなみは慌てたように事務所の中へ消えていった。
「ふぅ…。手間のかかる子ね。それにしても「危険」かぁ。……本当にそうかもね」
さらさは一人笑みを浮かべて自分も建物の中へ入る。
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