第182話

「さぁ、王子〜あ〜ん♡」


「……いや、結構ですって」



わけもわからず放り込まれた形で大広間へと連行された夕陽は、そのまま強引にさらさとみなみの真ん中の席に座らされた。


向かいの膳にはまだアイマスクを装着したままの笹島が怜に熱々の鍋料理を食べさせられ、奇声を発している。

さすがにもうヘッドホンは無かったので、少しは状況が把握できているのかもしれないが、随分危機感のない男だ。


それをじっくり観察する余裕すら与えられず、夕陽の口元にも笹島のように、さらさが料理を突っ込もうとしている。



「痛っ!それカニの爪じゃないですか」



頬にカニの爪が食い込む。

思わずムキになってさらさの方を振り向こうとしたが、今度はみなみがその口に鍋の中から適当に選抜した生煮えの野菜を突っ込んできた。



「うはっ、熱っ!それに白菜まだバリバリだろうが!」



「夕陽さんっ、そんな事より妻を差し置いて「新婚さんごっこ」は極刑だよ!」



「は?何だそれは。いつお前が妻になったんだよ」



これは芸能人によくあるドッキリか何かなのだろうか。

何が何だかサッパリわからない。

だがみなみは不機嫌そうにこちらを睨んでいる。



「だって、渡したじゃん!婚姻届」



「あ、あぁ。アレか。ってかアレ貰っていきなり提出なんて出来るわけないだろ」



何だかよくわからないが、みなみは去年のクリスマスライブで夕陽に託した婚姻届でもう夕陽の妻になったつもりでいるらしい。



「あははっ、やだ。みなみ、フラれたんじゃないのぉ?」



そこにすっかり酔いが回り、タガが外れたさらさが自分の膝を叩きながらゲタゲタとオヤジのように豪快に笑い出す。



「いや、あの…大丈夫ですか?森さん」



「あーし?あーしはらいろーふよ〜♡んふふ」



「全然大丈夫じゃないですね」



この人は酒が入るとこんな風になるらしい。

夕陽は怯えた目で一升瓶をラッパ飲みするさらさを見た。


この人もやはり色々ストレスがあるようだ。



「それよりも、夕陽さん。何で出してないのよ。もしかして日和ったの?」



「アホか!大体お前は婚姻届だけ出しゃ即夫婦って思ってるのかもしれないが、他にも沢山手続きがあんだよ。転居届やら名義変更やらなぁ。夫婦になるって事は戸籍を新たに作るって事なんだぞ。それにお前、事務所には言ったのか?」



一気に捲し立ててやったが、みなみはまだムッとした顔を崩さず、唇をツンと尖らせている。



「言ってないよ。言ったら絶対反対されるもん」



「マジかよ…」



夕陽は深いため息を吐いた。

またみなみは行き当たりばったり、思い付くままに動いたのだろう。


それに毎回巻き込まれる夕陽はたまったものではない。



「お二人さん、まぁそういう話は後にして今はとりあえず楽しも?」



やや険悪になってきた二人の間に陽菜が笑顔で入って来た。

そしてその手にグラスを握らせる。



「……あ。スミマセン。あの、そういえばこの集まりって何なんですか?」



「あれ、聞いてないの?これ、一応ウチらの新年会なんだけど」



「新年会?」



驚く夕陽のグラスに陽菜はビールを注ぐ。

みなみ以外のアイドルにビールを注いでもらうなんて、かなり貴重で尊い体験なのだが、今はそれを上回る衝撃でそこまで頭が回らない。



「そうそう。それで一十さんに二人を連れて来てもらったんですけど、何かあの人いきなりヘッドホンにアイマスクって、思い切り拉致スタイルで来て若干引きましたが」



そう言って陽菜はチラリと向かいで楽しそうにしている笹島と怜を見た。


まるで猛獣の餌やりみたいな光景が広がっている。


夕陽はそっとソレから目を逸らした。



「まぁ、いいじゃないですか。今は楽しみましょう?」



「は…はぁ」



横のみなみはまだ不機嫌そうにカニの殻を齧っている。

夕陽としてはすぐにでも二人で話し合って、この状況をスッキリさせたいところだが、陽菜を見ているうちに着いて早々するものでもないかと考え直した。



「わかりました。では話は後ほどにします。みなみもそれでいいな?」



「…うす」



みなみはコクンと頷いた。



「じゃあ、今宵は飲み明かそー!」



エナが声を張り上げる。

すると料理も食べず、すぐに一十が立ち上がった。



「あれ、一十センセ。どうしたんですか?」



不思議そうにエナたちが一十を見る。

すると一十は洗面器を手に笑みを浮かべた。



「ボク、お風呂行ってくるね。源泉掛け流し」



「!?」



そう言うと、スタスタと部屋を出て行った。



「あれ、あの洗面器もしかして自前?」



怜が一十の出て行った先を指差す。



「…みたいね」



陽菜は疲れたような顔で頷いた。




「どこまでも自由な人だな。おい…」



夕陽は目の前で湯気を立てる鍋を見つめながらそう呟いた。


















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