第181話
「け…結婚式って、じょ…冗談ですよね?」
夕陽はあまりの衝撃的な展開に言葉を詰まらせながらそう問うと、一十は柔和な表情を崩す事なく頷いた。
「うん。勿論♡」
「そっか〜、そ?…あ…あれ、マジで冗談だったんすか!?」
「それは勿論だよ。もしここでそんな事したらいくらボクでも色々なところに怒られちゃう」
「げっ…やっぱそうなるですか」
夕陽はやや顔色を青ざめさせた。
「まぁね〜。まぁボクも若い頃は今以上に無鉄砲だったからさ、それでよく怒られてたな。特に怖いのが今は別の事務所の社長やってる…」
一十が楽しげにそこまで言った時だった。
突然、ホテルの入り口から何かがこちらへ向けて弾丸のようにやって来た。
「一十センセっ、いらっしゃい。耕平くん連れてきてくれた?」
「あぁ、誰かと思ったら怜ちゃんか。うん。大丈夫だよ。彼ならほらここに」
猛牛のようにこちらへやって来たのは、大きめのマスクにサングラス、フカフカのファーコートを纏った女性だった。
一十はすぐに誰かわかったようで、楽しそうな笑顔で夕陽の隣でノリノリにノッている笹島を差し出す。
人相はわからないが、どうやら彼女は乙女乃怜のようだ。
「わぁっ、本当に連れてきてくれたんだ♡センセありがとう。じゃまたね♡」
「うん。またね〜」
怜は夕陽には目もくれず、そのまま笹島を受け取ると、襟首を持って強引に引きずって行った。
「な…何だったんですか、アレは」
「うん、あれは乙女乃怜ちゃんだね。笹島くんを連れてくるように頼まれていたんだ」
「えっ、そうなんですか?じゃあ俺は」
みなみも怜のように夕陽をここに連れてくるよう頼まれたのだろうか。
しかし一十はそれには答えず、タクシーを降りていく。
「まぁ、寒いし取り敢えず中に入ろうよ」
そう促されて夕陽もタクシーを降りると、そこは巨大なホテルの前だった。
半分は近代風のホテルで、その隣には大きな日本家屋風の建物が続いている。
見るからに高そうなホテルだ。
「ほえ〜、これは凄い」
「芸能人御用達の宿泊施設だからね。中々予約も取れないんだよ」
「マジすか…」
一十と一緒にホテルのロビーへ向かう。
彼が入って来ただけで、周囲の空気が変わって見えた。
流石は一流芸能人だと夕陽は心の中で感心していた。
一十はフロントでいくつかやり取りをした後、すぐに戻って来た。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
「あ、はい…」
何やら新婚旅行へ来たカップルのようなやり取りである。
夕陽はガチガチに緊張した新妻のようにそう答えた。
(まさか俺、この人に抱かれたりしないだろうな…)
人は極限状態に陥ると、しょうもない事を考えるものである。
そう夕陽が無駄なハラハラドキドキを味わいながら顔色をカメレオンのように変化させているのも知らず、一十はエレベーター内で陽気に鼻歌を歌っていた。
やがてエレベーターは四階で止まった。ご機嫌な一十の後を夕陽は処刑台へ向かう罪人のような気持ちでついていく。
「トロピカルエースはね、元旦からこのローカル局で生放送に出てるんだよ」
「えっ?…あぁ、それで熊本なんですか。じゃあ乙女乃さんだけじゃなく、他のメンバーも来ているんですか?」
「うん。そうそう。あれ、みなみちゃんからは聞いてないの?」
「あ、はい。そういえばあいつの仕事の話ってあまり聞いた事ないですね」
大物プロデューサーに抱かれるフラグを回避出来たようで、ホッとした夕陽は改めて自分とみなみの事を考えてみた。
別に相手の仕事に関心がないわけではない。
そこはお互いの領域みたいなのがあり、敢えてそこまで把握しなくてもいいと思っていたので、夕陽はあまりみなみの仕事について詳しくは聞かないようにしていた。
まぁ彼女の仕事の性質上、あまりその詳細な情報は外部に漏らすべきではない。
そう思ってもいた。
やはりある程度、自分も把握するべきなのだろうか。
笹島はどうなんだろう。
付き合いたての奴に聞いても大した事は聞けないとは思うのだが、これはいつか聞いてみたい事でもある。
「はい。到着!」
「は?はい?あのっ…」
ついぼんやりそんな考え事をしていた夕陽の背中が、ある部屋の前で軽く押される。
突然の不意打ちに夕陽は前のめりにその部屋へ倒れ込んだ。
「あ〜っ、王子到着!あけおめ〜!」
「あけおめー、みーちゃんの彼氏さん」
部屋に倒れ込むように入った途端に明るい声が頭から降って来た。
わけがわからず顔を上げると、そこにはトロピカルエースのメンバーが揃っていた。
その後ろにはまだアイマスクにヘッドホンを装着したままの笹島もいた。
全員、旅館の浴衣姿が眩しい。
「はへ?これは一体…」
「夕陽さん。あけおめ〜。久しぶりだね♡」
そこにクリスマスライブ以来逢えてなかったみなみがやって来た。
「これは何なんだ?」
「え?新年会だけど」
「いや、マジかよ…結婚式は…」
「何?どしたの。夕陽さん」
「いや別に。何も」
改めて見ると、自分が押し込まれた部屋は宴会用の大広間だった。
中央には見たこともないようなご馳走の膳が並べられている。
床には空のビール瓶が転がっていて、その真ん中で森さらさが赤い顔でヘラヘラ笑っていた。
どうやらもう既に出来上がっているらしい。
何となく肩透かしを食らったような夕陽は何とも微妙な気分を味わうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます