第177話

「だからね。少し前にウチにあの子が来たのよ。それも一人で来たもんだからびっくりしちゃって」



ライブが終わって、お互い少し情報を整理して話したいという事で、夕陽の家族と笹島とで近くのファミレスに入る事になった。


夕陽はちょうど喉が渇いていたので有難かった。

笹島は早速いつも通りのコーラをがぶ飲みしている。



「あぁ、本物が来てたなんて惜しかったなぁ。何でお母さん、知らせてくれなかったの」



妹の美空はそれが不服そうに唇を尖らせ、メロンソーダを一口啜る。


みなみが来た時、美空の大学はまだ冬季の休講に入ってなかったようだ。



「仕方ないでしょ。お父さんだって仕事で居なくて、私だけでどうしていいのかわからなくてパニックになりそうだったのよ?」



母はその時の様子を思い出してオーバーに両手をバタバタさせながら説明をしている。

かなり話を盛っているかもしれない。



「それで、彼女とはどういった事を話したんです?早速修羅場とか?」



その辺りの事は笹島も興味津々な様子だが、夕陽の方も知りたかった。



「まさか。何でそんな事になるのよ。あの子ね、真剣な顔してリビングで手をついてあんたと結婚したいって言ったのよ」



「なっ…あいつマジか」



まさかみなみが夕陽に黙ってそんな事をしていたとは全然気付かなかった。

よく考えてみると、あの日自分からキスをしてきた時は様子がおかしかったかもしれなが。



「それでね、一度ステージを見に来て欲しいって私やお父さん、美空の分のチケットを置いて行ったのよ」



「いやぁ、カッコいいね〜。惚れ直すね〜」



笹島はニヤニヤ笑いをしている。

隣で夕陽は居心地悪げにコーヒーを飲み下した。



あの日、もうみなみはある程度の覚悟をしていたのだ。



「それでお兄ちゃんはどうするつもりなんだ?」



それまで黙って話を聞いていた父がこちらを見てきた。



「それは…まぁ、帰ってきたらあいつとよく話し合うよ。大体こんな事、俺たちの一存で決められないだろうし」



それはそうだろう。

彼女は人気アイドルメンバーの一員なのだ。


それが結婚となると大変な事になる。

一般人の自分には何も問題はなくても、向こうが大変だ。



「あー、夕陽が羨ましいぜ。めっちゃ幸せなメリクリになったじゃん」



「無条件に喜べる状況でもないけどな」



本当にみなみは何を考えているのだろう。

とにかく、つまりはみなみともう一度話す必要がありそうだ。



「俺、マジであいつと結婚するの?」



「さて、おめでたい話も聞けたし、軽く飯でも食って帰るか」



呑気な笹島の声に少しだけ肩から力が抜けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る