第173話「旅立ちを決めた朝に•後編」
みなみとの別れを経て、その余韻に浸る事すら振り払うように詩織は全ての手続きを終え、搭乗ゲートへ向かう。
「よぅ。随分と遅かったな。てっきり直前になってあの女の側にいるとか日和って、出発取りやめちまったかて思ったぜ」
「崇…」
詩織の行く手を遮るように立っていたのは崇だった。
「やっぱり行くのか?」
「ええ。あの子にはフラれちゃったから」
詩織は戯けたように肩をすくめて見せた。
「はんっ。ダセぇな。あんなに執着してたってのによぅ」
「全くその通りね。ちょっと疲れちゃったのよ。だから少し向こうでゆっくりするつもり。帰ってももう家族はいないけどね。あんたはどうする気よ。まさか金づるが消えるから引き留めに来たっていうの?」
詩織の家族はもうどこへ行ったのかもわからない。
母親からはしばらく連絡が入っていたが、最近になってそこに折り返しても繋がらなくなっていた。
多分自分の事は諦めて他所へ移ってしまったのだろう。
そこに何の感情も湧いてこなかったので、さぞ自分は薄情な娘だと内心自嘲した。
「バカ言ってんじゃねぇよ。お前があの女から離れるってんなら、俺も新しく始めんだよ」
「は、何よそれ。新しい詐欺でも考えついたの?」
詩織は馬鹿にするように薄く笑った。
すると崇は顔を真っ赤にして怒り出す。
「違ぇよ。俺、これから自首するわ」
「え……何で…どうしてよ」
やけにさっぱりした顔の崇に詩織の思考がついていかない。
「兄貴の裏で影のように生きる人生に嫌気がさしたってのが大きいな。そっから抜け出すには一度全部罪償って真っさらになってからしかねぇって思った。円堂の姓も返す。俺は元々円堂の人間じゃねぇからな」
「崇…」
詩織は何かを噛み締めるように俯いた。
その頭に無骨な手が添えられる。
「もしも何年になるかわからないが、娑婆から出られたら一度会いに行ってもいいか?」
「……好きにしなさいよ。その時はあんたが絶望するくらい幸せになってると思うけど」
「けっ…。そうでないと困らぁ。それを見せてくれよ」
そこには暗に幸せになってくれという意味が込められている。
それを感じた詩織の瞳から一筋涙が溢れた。
「もう…行くわね」
「おぅ。涙で滲んで転ぶなよ。俺はハンカチなんて上等なモン持ってねぇからな」
そう言って崇は詩織の頬を軽く拭った。
「バカ…」
そして詩織は故郷へ向かう一歩を踏み出した。
「本当にいいのか?その選択で」
詩織の背を見送る崇の横にはいつの間にか兄の円堂殉が立っていた。
「あぁ。もう迷いはねぇよ。このまま連れてってくれ」
「わかった。お前の罪を隠蔽したボクも同罪の身だ。仲良く臭い飯でも喰らおうじゃないか」
殉は大袈裟に両手を広げる。
崇はやれやれとため息を吐いた。
その日の夕方。
芸能事務所社長、円堂殉のスキャンダルがニュース速報で流れ、世間は騒然とした。
だが、殉の実子である伏見紘太の存在は表に出る事はなく、全ては円堂殉と崇の罪という扱いで収集された。
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