第170話
「まず始めに紘太は自分の親の事をどこまで知ってるの?」
詩織は限竜の方をチラリと見る。
限竜の方は先程オーダーを入れたザッハトルテにナイフを入れながら、何かを思い出すように視線を天井の方へ彷徨わせた。
「うーん、そうねぇ。あたしが知ってるのは社長が本当の父親ってだけに等しいわ。それを知ったのは大学卒業した時なんだけど、当時のあたしはもうそれ聞いただけでショック受けちゃって、詳しくなんて聞いてないの」
当時の事を思い出したのか、限竜の瞳に影が差した。
それを見て、みなみは嘆息する。
もしも今の家族…父親とは血が繋がってないと後から知らされたら、これからどう家族として向き合っていけばいいのかわからなくなるだろう。
父親の方はもうそれを随分前に受け入れて、慣らしていったのだろうが、それを急に聞かされた限竜は苦しんだだろう。
「じゃあ、二人がどうして別れたのかは知らないのね?」
「さぁね。学生とOLの過ちでデキちゃったってヤツでしょ。で、子供がデキちゃったからあっさり捨てられちゃったんでしょ」
限竜は他人事のようにそう吐き捨てた。
確かに限竜からそのような話を聞いていた。
そして今ならわかる。
自分と同じような男嫌いな子と言っていたのが目の前の詩織だという事が。
しかし何故、限竜が詩織の面倒を見る事になっているのかはまだわかってない。
「あんたの母親を円堂が捨てた理由は、あんたの祖母が再婚した父親の連れ子、円堂崇が原因なの」
「えっ!?」
みなみ目を見開いた。
みなみの脳裏にはあの粗野で下卑た男の顔が思い浮かぶ。
限竜は軽くため息を吐いた。
「円堂崇は円堂殉の血の繋がらない義理の弟なのよ。ちなみに円堂姓は母親のものでね。結構な資産家なのよ。円堂直生教授…つまりあたしの祖父は婿養子として円堂家へ入り、多額の援助を受けて研究に勤しんでいたの。学会を追放されて、家からも見放された祖父は円堂の家を出て行ったわ。今はどこで何をしてるのかもわからないの」
「そう…だったんだ」
みなみは疲れたように息を吐きながらコーヒーカップを両手で包む。
冷え切った指先にカップの温もりがジワジワと浸透して行く。
「で、あの男がどうあたしの母親が捨てられた話に繋がるのよ」
ここから先は限竜にもわからない事だ。
円堂がどうして崇の面倒を執拗にみているのか、そしてその世話を何故限竜にさせているのか。
詩織はゆっくりとみなみを見た。
その瞳には畏れのようなものが滲んでいるのをみなみは見逃さなかった。
「詩織?」
テーブルの上に添えられた詩織の手は微かに震えている。
みなみは無意識にその手に自分の手を重ねていた。
手は冷えた陶器のように冷たかった。
「あんたの祖母は離婚後あんたを連れて渡米して、いくらも経たないうちにすぐ日本へ戻ったでしょ」
「ええ、前に調べた時に知ってるわ。確か社長だけアメリカに残して祖母だけ帰国したって。その後日本で再婚したのよね」
詩織は頷く。
「ええ、でも帰国してもまだあの事件の火種は強く残っていてね。連れ子の崇は相当学校で虐められたみたい」
「えっ、あの男が?嘘でしょ」
これは限竜も初耳だったようで、心痛な表情を浮かべている。
詩織はみなみの手を僅かに握ってからゆっくりその手を引っ込めた。
「来る日も来る日も崇は虐めを受けて来た。盗んだ論文で有名になった卑怯者だって。次第にその怨みはやがて野崎とその家族に向けられるようになったの」
「…………」
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