第168話
「ふふふ…あはは…ふひひひっ、もうやだぁ。耕平くったら…もうもうもう♡」
「……また、やってる」
森さらさがお風呂から出てくると、リビングから聞こえてくる奇妙な声に顔を顰めた。
その声の正体は乙女乃怜。
同じアイドルグループ、トロピカルエースのメンバーで、今はしばらく諸事情でさらさのマンションに居候している。
新居となるマンションはもう決まっているのだが、その前にツアーがあるので引越しの準備が整わず、結局ここを引き払うのは年が明けてからになった。
そのおかげで毎晩、彼氏とのネジの外れたラブラブトークを聞きたくもないのに聞く羽目になっている。
これは失恋したばかりのさらさには軽いストレスなのである。
「はぁ。彼氏がいた時って、私こんな毎晩電話してたかな」
冷蔵庫から水のペットボトルを出して、ちびちび飲みながら、さらさは怜の浮かれ様を見やる。
今まで何人かと付き合ってきたが、どれも自分から好きになったわけではなく、何となく流されるまま続けていたに過ぎないさらさは、本当に好きになった相手と交際した事がない。
そんな彼女が初めて自分から好きになった初恋の相手が真鍋夕陽だった。
だが彼は同じメンバーの永瀬みなみの恋人だった。
もし、出会うのがみなみより先だったなら今頃、怜のように浮かれて毎晩電話していたりするのだろうか。
何せ片思いしていた間だけでも、あれだけ幸せで毎日がキラキラしていたのだから。
何度もそんな事を考えた。
だけど現実は変えられない。
「ふぅ…。私も恋したいな。出来るかな」
目の前の怜はとても幸せそうに笑っている。
毎日楽しくて仕方ないようだ。
少し前の荒れた彼女を知っているだけに、本当に驚く。
彼女をあの家へ預けて正解だと思った。
だけど、自分はまだ彼を忘れられない。
恋をしたいと思っても、多分まだしばらくは無理だろう。
「明日はツアーのファイナルかぁ。王子、来るのかなぁ」
自分のものにならないのに、どうしても高なる胸を抱えてさらさは化粧台へ向かう。
後ろから響く、怜の楽しげな声を聞きながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます