第166話

「みなみのヤツ…一体何でウチの両親呼んだんだよ。それに美空まで」


会場内へ入り、自分のシートを確認して少し落ち着きを取り戻した夕陽は、それでもまだ先程の両親たちとの邂逅に首を捻らせていた。


そんな夕陽を見て、笹島は気楽な様子で持参して来た推しグッズを身につけながら軽口を叩く。



「別にそんなの深く考える必要ないっしょ。みなみんにそんな他意なんてなくて、ただ純粋な気持ちで夕陽の家族に自分たちのライブを見てもらいたかっただけだって」



そう言って、笹島は夕陽の手に「みなみん♡」という派手で大きなウチワを手渡してきた。


思わず受け取った夕陽は、それを裏返して顔を盛大に顰めた。

裏面には「ファンサして♡」と大きく印字されていた。


思わず何、持たせてんだよと突き返そうと思ったが、今は生憎そんな心理状態ではない。



「いや、だったら事前に俺に言ってもいいだろう。今まで言う機会なんて全くなかったわけじゃないし」



「まー、そこは奇人変人アイドルのみなみんだからね」



笹島はそこでニヤニヤ笑った。

気色の悪いヤツだ。



「あいつもその上をいく奇人変人に言われたくないだろ」



「なははは。もっと言って♡」



「………マジで埋めるぞ?」




夕陽は拳を握りしめつつ、鞄の中にある封筒に意識を飛ばした。

この封筒といい、両親や妹を呼び寄せた事といい、今回のみなみの行動には謎が多すぎる。



「あいつ…何考えてんだよ。みなみ」




         ☆☆☆



その頃、トロピカルエースの楽屋では、一足先にメイクを終えた森さらさが、みなみたち年少組の楽屋へやって来ていた。



「大丈夫?緊張してない?」



最終的なビジュアルチェックの真っ最中だったみなみは、さらさの登場にやや驚いた顔をしたが、すぐに破顔して肩の力を抜いた。



「はい。もう心は決まってますから」



そう言うと、さらさは少し困ったような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。



「…ん。そうよね。もう貴方の計画に加担した以上、後戻りは出来ないんだし。やるしかないんだったね」



「ごめんなさい。森さん。色々巻き込んでしまって…」



みなみが申し訳なさそうに両手を合わせる。

するとさらさは首を横に振った。



「ううん。いいの。もう何かね、色々あってすっかり吹っ切れたから。今はただ自分の周りの人たちが笑顔になれるよう何でもやってみたいって気持ちの方が強いの。聖人にでもなった感じ?」



さらさはおどけて妙なポーズをとる。

その顔がおかしくて笑いと涙が込み上げる。



「森さん……」



みなみがそう呟いた瞬間、さらさは静かに首を横に振った。



「これからは「さらさ」って呼んで。…だって、これで「終わり」じゃないんでしょ?」



さらさが微笑む。

みなみはメイクを崩さないよう、涙を堪える事に必死になった。



「うん。ありがと。「さらさ」」




そしてみなみの準備も終わり、みなみはゆっくりと立ち上がる。


他のメンバーたちも、それぞれ準備を終え、マネージャーと最終的なチェックをしていた。



「見てて。夕陽さん。私の本気……」



みなみは手の中の指抜きを強く握り締めた。

その指抜きは、以前夕陽と自分とを結び付けてくれた大切なものだ。


今は首に下げたりせず、小さなポーチに入れて自宅で大切に保管していた。


今日はそれを持ってきていた。

祖母から力を貰うために。












次回は幕間パートになります。


詩織との最後の決別編。

この時間軸より少し前。


ライブ前、みなみはもう一つ、大きな選択をしています。


物語的にはもうほとんど終盤です。

駆け足気味に行きたいけど、敢えて丁寧に描いていこうと思います。


もう少しだけお付き合いください。


















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