第165話
ライブ会場は人でごった返していた。
仕事があった夕陽たちは、その人の波を見て絶句する。
「やぁ…凄いね。ここ最近のトロエーは。去年の春のライブを知ってるだけに、この光景は圧巻だよ」
笹島が眩しいものを見るかのように目を細めて人で埋め尽くされた会場を見渡す。
確かにデビューしたての頃の彼女たちのライブから比べると全然印象が違ってみえる。
あれからファンを確実に増やし、もう一流アーティストのような規模のライブまで開催出来る様になったのだ。
これは笹島だけではなく、夕陽も込み上げるものがあった。
「やっぱクリスマスだからか、カップル多いな〜」
「アイドル歌手のライブって、普通にカップルも来るのか?」
「そんなの人それぞれだよ。いいじゃん!アイドルのライブデート。最高じゃん」
「……勝手にしてくれ」
拳を握りしめ、また何か力説しそうになる笹島を置いて、夕陽はホールへ向けて歩き出した。
その時だった。
「あっ、お兄ちゃん!」
突然横側から甲高い声が掛けられた。
一瞬ビクッとなった夕陽は、思わず左右をキョロキョロ確認する。
すると人混みの中からジーンズにフェイクファーのショート丈のコートを纏ったボーイッシュな短髪の女の子がこちらに駆け寄って来た。
それを見て夕陽の顔が大きく歪む。
「な…っ、み…美空?何でここに」
その女の子は何と夕陽の妹の美空だった。
この時期は大学も休みに入っているので帰省したかもしれないが、まさかこんなところでばったり妹に会うなんて偶然があるだろうか。
まだ衝撃から立ち直れない夕陽に美空は首を傾げている。
「何でって、招待されたんだもん」
「招待?何だよそれ。誰に…」
「おーい。ゆーひー!」
その時、後方から笹島が戻って来た。
だが笹島は一人ではなかった。
それを見た夕陽の顔が更に歪む。
「あら美空。もう探し当てたの?相変わらずお兄ちゃん子なんだから」
笹島と共に現れたのは、夕陽の両親だった。
夕陽は益々困惑する。
「ちょ…マジついていけねーんだけど。何で俺の家族全員集合してんだよ。それもアイドルのライブ会場に」
思わず頭を抱えたくなるような光景に夕陽は冷や汗が止まらない。
それにこのような場所に家族がいるというのが何となく恥ずかしくもあり、居心地が悪い。
するといつもより清潔感のある格好をした父が出てきた。
いつもはしない洒落たループタイが特別感を匂わせている。
「おや、知らなかったのかい?永瀬さんが、私たちを今日のコンサートに招待してくれたんだよ」
「え?何でみなみが……」
どうやらライブに招待したのはみなみのようだ。
「あれからね、あの子が突然ウチに来たのよ」
「え、一人で?」
「ええ。そうなのよ。あの子の事、ちょっと見直したわ」
一体何があったのかわからないが、母はみなみの訪問を快く思っているようだ。
だが何故、彼女は夕陽の実家へ行ったのだろう。
何故家族をライブに招待したのだろう。
それを聞き出そうとしたが、両親たちは夕陽に背を向け、もう歩き出していた。
「あっ、おい!ちょっ…」
「じゃーね。お兄ちゃん。またライブ後にね」
美空はそう言って、両親の痕を追いかけていった。
「一体みなみは何を企んでいるんだ?」
「ライブをご家族に見せたかったんじゃないの?みなみんの勇姿をさ」
能天気に笹島は言うが、夕陽は困惑を隠せずにいた。
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