第163話
「あれ、夕陽さん。何だか元気ないね。どうかした?」
久しぶりに二人の夕食を囲む食卓の向かい側、みなみは心配そうな顔でこちらを見つめている。
「いやぁ…別にそんな事ないよ。普通。普通」
と、言いつつも、やはり夕陽は途中で何か考え込むように箸が止まっていた。
「やっぱり変だよ。ね、何か悪いものでも拾い食いした?」
「するか!つか、顔近いって」
みなみは心配そうな顔で夕陽を覗き込む。
化粧を落としても、その肌は輝くように白く、瞳もキラキラしていて、やはり彼女はアイドルなんだと強く実感する。
それを自分が奪う事になるかもしれない。
そう考えると、夕陽の心は塞いだ。
答えはまだ出ていない。
先日母親から言われた言葉は今も棘のように夕陽の心に刺さっていた。
結婚したらアイドルではなくなる。
「…………」
夕陽は再び深いため息を吐く。
そんな夕陽にみなみが突然覆いかぶさってきた。
「みっ…みなみ?どうしたんだよ」
ふたりと漂うシトラス系のコロン。
ふわふわの長い髪が鼻先に触れ、夕陽は思わず両手を空中でばたつかせる。
しかしそんな夕陽の動揺を気にする事もなく、みなみは夕陽の耳元に囁く。
「安心して、夕陽さん。夕陽さんが何を悩んでるのかはわからないけど、私は夕陽さんが思ってる以上に夕陽さんにメロメロだから♡」
「は?何だよそれ」
意味がわからない。
夕陽は少し身体の力を抜くと、軽く触れるだけのキスをした。
みなみは微笑む。
「ねぇ、夕陽さん。クリスマスのライブ必ず来てよね」
「え?それならそのつもりだけど」
元々クリスマスにあるトロピカルエースのライブは笹島と行くつもりだった。
それは以前からみなみにも伝えているはずだ。
しかし今のみなみの顔には、まるでそのライブにそれ以上の意味があるかのような切実さを感じた。
みなみは満足そうに頷くと、鞄から小さな封筒を出した。
そしてそれを夕陽へ差し出す。
「これは?」
思わず受け取った夕陽は、首を傾げた。
「まだ開けちゃダメだよ。これはライブのMCの時に開けてね。絶対だよ」
「は?おい、何なんだよそれ」
しかし夕陽がいくらみなみに問い詰めても、彼女はそれ以上話してくれる事はなかった。
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