第160話
(……結婚後、妻や母親になっても活動しているアイドルはいない…か)
(確かにそうだよな…。まぁ、ネタとしてママドルとかいうのはあるけど、純然としたアイドルからは外れてるな)
(大体アイドルとして活動している間は交際くらいは容認出来るけど、結婚はグループを脱退するなりしてからが多いんだよな…)
「…………」
「あの〜、ゆ…夕陽サン?それそろ止めてもいいんじゃね?俺、そんなにスタミナギンギン要らないし」
「……うーん。どうしたもんか……って、あれ、笹島?どうかしたのか」
思考の渦に飲み込まれていた夕陽は、笹島の呼びかけにようやく我に返った。
すると目の前にはニンニクが山のように積まれたラーメンがあった。
そこで気付く。
今は昼休みで、ここは社食だという事に。
テーブルにはいつもの笹島の他にも、三輪と佐久間の姿もある。
思い出した。
今日はたまたま三人と昼のタイミングが合ったので、久しぶりに同期組で社食に行こうと笹島が提案したのだ。
笹島はニンニクの山を築き上げたラーメンを恨めしそうに眺める。
「あ〜ぁ。これ、どうすんだよ。ついでに俺にも入れてくれって言ったら、際限なくニンニク増し増しにするし…」
「あー。悪い。ちょっと考え事してた。これ、俺の食べるか?」
夕陽は自分の豚骨ラーメンを笹島に差し出そうとする。
「いいって。俺、豚骨苦手だから。何、大丈夫だって。ニンニクパワーで午後の過酷な業務を乗り切ってみせるぜ」
そう言って笹島は顔を顰めながらニンニク増し増しラーメンを豪快に啜り出した。
「あ〜ぁ。大丈夫かい。笹島」
三輪は匂い立つニンニク臭に鼻をおさえつつ苦笑する。
「それより本当に何かあったかい?夕陽」
「へ?……な…にが」
再び夕陽の動きが固まる。
佐久間が首を傾げた。
「何か今日一日ずっと変だぞ?笹島よりおかしいって相当だ」
「おい!」
笹島がすぐに反応するが、ニンニク臭が強く香り、慌てて三輪に口をハンカチで覆われる。
「いやいやいや。何もないし。全然普通だし。あ、そろそろコッコの餌やらねーと」
「それ高校ん時、お前ん家の庭で飼ってたニワトリの名前じゃんか!お前はすぐ何を誤魔化そうとするとそう言ってたよな。それが出てくるって事は相当動揺してんな」
「なっ……」
あまりの動揺につい昔飼っていたニワトリの名前が口から飛び出してしまった。
ちなみにニワトリのコッコとは、妹が中学生の頃、養鶏場に体験学習へ行った際にニワトリの世話に目覚め、父が近所のペットショップで買ってきたヒヨコの事である。
当時は妹と一緒にそのコッコを熱心に育てていた。
笹島もその事をまだ覚えていたのだろう。
「……ま…まぁ、あれだ。お前達って何歳くらいで結婚したいってのある?」
少し落ち着きを取り戻し、夕陽は改めて三人を見渡した。
「え?俺は結婚出来るなんて考えてないからな〜。出来たらいつでもって感じ」
笹島は最近推しのアイドル、乙女乃怜と晴れて恋人同士になった絶対王者だ。
しかしそれは口外しないという事にしているらしく、今でも彼女無し=年齢と言っていた。
まぁ、相手が相手なので仕方ない。
せめて夕陽のように彼女がいるという事だけ言えたらいいのだが、笹島の場合、今まで彼女がいなかったのだから根掘り葉掘り聞かれる事必至だ。
そこでついポロっと名前を出してしまいかねない。
だから笹島は今でも彼女無しという事にしていた。
「笹島は変態だからなー。ボクは理想としては30前にはしたいけど、30前半くらいがいいかな」
三輪は食後の缶コーヒーを一口啜る。
彼は人当たりいいし、顔立ちも悪くないその気になれば結婚まですんなりいきそうだ。
すると佐久間は小さくため息を吐いた。
「俺はまだ想像も出来ないな。そもそも彼女が出来ないし。結婚なんてその先の段階だろ?具体的に考えるのって相手がいる人なんじゃないか?」
「まぁ、そうだよなぁ」
すると三人は揃って夕陽の方を見た。
「そんな話題を振るという事は、もしかして夕陽サン、近々ご結婚のご予定がおありで?」
「ねーわ!」
堪らず夕陽が吠えた。
☆☆☆
その後。
「おい、笹島っ!お前さっきからニンニクの臭いプンプンさせやがって。客からクレーム来るぞ」
上司から何度もそう叱られているのを見かけ、夕陽は心の中で小さく詫びた。
更に夜。
久しぶりに恋人である怜が笹島の実家を訪れた。
一番忙しい時期にわざわざ会いに来てくれた事に笹島は感激した。
しかし怜はすぐに笹島に抱きついてこなかった。
実家の前だからかと訝ったが、どうやらそうではないようだ。
ただ、怜は困惑した顔で一歩、笹島から離れた場所から声を掛ける。
「こ…耕平くん。ごめんね。凄く期待させてしまってるみたいだけど、明日も早くからリハがあるから今日は泊まれないの」
「は…はぁ?何を言って」
怜はまるでケダモノを見るような顔で笹島から更に離れていく。
そこで笹島は自分の身体から今でも濃厚に臭うニンニク臭に気付いた。
「いや、違うっ。違うっすよ!全然そんなつもりでニンニク食べたんじゃないっす。信じて莉奈さん!」
笹島は慌てて弁明するが、それがかえって怪しく見えた。
「あの…耕平くん。あたし、また今度来るね。これ、お菓子。ご家族に渡してね。じゃあバイバイっ!」
怜は紙袋を笹島に押し付けると、すぐに待たせていたタクシーに乗り込んだ。
「あああああー、待って莉奈さんっ!誤解っす」
そんな笹島の肩にいつの間にか兄が手を置いていた。
「耕平、まだ若いんだからそんなモンに頼るな」
「だから違うって…。あー、莉奈さん、めっちゃヒいてた」
今回の一番の被害者は彼かもしれない。
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