第158話

夕陽はトワと別れ、母と一緒に実家へ帰宅した。

別れ際トワは笑顔で軽く手を振った。

その様子が当時と変わらず、まるで高校生に戻ったかのように感じた。



「トワちゃん、普通っぽくていい子よね。それにすっかり大人になって綺麗になったわ」



家に入る直前、母がボソリとこぼした一言に夕陽は一瞬言葉に詰まる。



「……普通っぽくていいって何だよ。全然褒め言葉に聞こえねーけど」



「アイドルなんて夢を追うよりも、トワちゃんのような普通の女の子の方が現実的でいいんじゃないのって事よ」



「現実的って……」



母の言葉には棘があった。

そこで夕陽は何となく今日、ここに呼ばれた理由を察した。



(……もしかして母さん、俺に見合い話とか持ってくるんじゃないだろうな?冗談じゃないぞ)




         ☆☆☆




母に続いて家の中へ入ると、リビングでは新聞を読んでいる父と目が合った。


夕陽は助けを求めるような目を向けると、父は無言で頑張れと頷くだけだった。



(ウチの男勢、弱ぇ…)



そして母に連れられ、キッチンへ入ると母は冷蔵庫から保存容器に小分けされた食材を出してきた。


どうやらおかずを持たせたいというのは本当のようだ。

ただ、それがメインの目的ではないのだろう。



「これはしばらく味が馴染むまで冷蔵庫の中で保管しておくといいわ。こっちは食べる分だけ使って、後は冷凍して。でも早めに食べなさい。あまり長く冷凍しておくと独特な匂いがつくから」



「うん……」



しばらく母の食材の保管についてのレクチャーが続く。

夕陽も一応一通りの家事はやっているので大体はわかっているのだが、母は毎回丁寧に説明する。



「あんたちゃんと毎日食べるの?」



「食べてるよ。最初に約束した通り、自炊もやってる」



夕陽がこの家を出たのは大学進学の時だ。

家を出る前に母からはみっちり家事を叩き込まれた。

そのお陰で大体の事は出来るようになった。


それでもまだまだ母には敵わない。


すると母が背を向けたまま再び口を開く。



「あんたまだあのアイドルの子と付き合ってるの?」



「まだって何だよ。付き合ってるけど?」



すると母が深いため息を吐いた。



「…そう。付き合う分にはいいけど、まさか結婚したいとか考えてないわよね?」



「け…結婚?なっ…それは」



夕陽はあまりの動揺に思わず保存容器を取り落としそうになった。

母はそんな夕陽の動揺をどう感じとったのか、再び深いため息を吐いた。



「結婚は止めときなさい。相手もあんたとそこまでは考えてないはずよ」



「何でだよ。何でそう言い切れるんだよ」



思わず声が出た。

慌てて声のボリュームを落とすが、今はリビングに父がいるだけだ。



「そんなのわかるでしょ。アイドルなんて清純さを売りにしているのよ?それが結婚なんかして、誰が他人の奥さんやお母さんを恋愛対象として見るっていうのよ」



「なっ…何だよそれ」



まさか母の口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

前に会った時はわりと友好的だと思ったが。



「皆が皆、そんな目でアイドル見てるわけじゃないだろ。それに何もアイドルに憧れるのは野郎ばかりじゃない。女の子だっているだろ。その子たちは単純に憧れの目でアイドルを見ているよ」



「そうかしらね。年齢的には「女の子」だとしても、結婚したら「妻」という肩書きに変わってしまうのよ?そんなのお母さん、もうアイドルとは言えないと思うわ」



「………」



夕陽は黙って唇を噛んだ。

去年、彼女にプロポーズした事を思い出す。

あの時はすぐにというわけではなく、彼女がアイドルとして成長した時と限定した。


それでも彼女からしっかりとした返事はもらえなかった。


みなみは本当に自分と結婚する気はあるのだろうか。


そこで夕陽は考えこむ。

人気アイドルが一般男性と結婚する事の難しさを。














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