第154話
「ねぇ、笹島さん。夕陽さんって昔からモテてたの?」
夕陽の部屋でポテチをつまみながら、みなみが向い側で青年雑誌を眺めている笹島に声をかける。
部屋の主人である夕陽はまだ帰宅していない。
昨日から出張で山梨県へ飛ばされていた笹島は直帰し、その足で土産を持参しがてら夕陽の家を訪ねたのだが、そこで先に部屋にいたみなみと遭遇したのだ。
珍しく仕事を早く上がれたみなみは、夕陽の為に夕食を作っていたようだが、笹島が来た時にはキッチンには酷い悪臭と惨劇を想起させる焼け野原のような光景が広がっていた。
本人曰く、麻婆豆腐を作りたかったらしい。
所謂、素人が手を出してはいけない料理十選に名を連ねる料理である。
内心、それを見た夕陽の反応が怖い笹島だったが、みなみが後でデリバリーでも頼むから気にする事はないと言うのでこうしてリビングで雑誌を眺めていたのだ。
そんなみなみに声をかけられ、笹島は雑誌から顔を上げてしばし考える。
「うーん、モテてたかどうか…ねぇ。まぁ、一つ言える事は俺よりは確実にモテてたわ」
すると向かいから失望混じりの盛大なため息が漏れた。
「それわかりみ深すぎてコメント返すのキツいからマジ止めてくれます?」
「ぐはっ、みなみん、相変わらず容赦ないなぁ。でも今の蔑みの塩顔、ちょっと好きになりそうだったよ。まぁ、何で今になってそんな事気になるん?」
「まぁ……それなりに気にはなるよ。私も敏感な年頃の乙女だし♡」
「うわぁ…」
すると今度は笹島が塩顔になる。
「なっ…なによその顔は!」
「いや、みなみんみたいな奇人系アイドルでもそんな事考えたりするんだなって考えたら悪寒が…」
笹島は両腕を摩った。
「ちょっと!奇人系アイドルって何?奇人変態の世界選手権殿堂入りの笹島さんから言われたくないよ」
「何、その選手権!しかも世界相手に…いや、マジな話、アイツは昔からモテてはいたよ。顔がめちゃイイからさ。勉強やスポーツは大してデキる方じゃないんだけど、イケメンで優しくて気配りが出来るって点でポイントは高いんだよな」
「へぇ…やっぱりね」
みなみは肘をついて再びため息を漏らす。
「何?もしかして夕陽の昔の元カノが急に迫って来たとかあった?」
「ないよ。そんなの」
みなみは即答する。
すると笹島は穏やかな笑みを浮かべた。
「だったらそんなの気にする事はないよ。大事なのは今じゃん。過去なんて気にする事はないと思うよ」
「笹島さん…」
「多分さ、俺みたいにずっと一人きりが同じく一人きりと出会って恋をするより、多くのの人を好きになって色々経験した方がより相手に優しく出来ると思うんだ。だからそんな事気にする事はない」
経験というのは心の財産でもある。
笹島にはその年齢に見合った財産がないから、怜との交際にかなり戸惑っていた。
相手にどこまで踏み込んでいいのか、どうしたら喜ぶのか、心を計る基準となる過去の経験が圧倒的に怜より不足していた。
「うん…。そうだね。笹島さんもたまにはいい事言うじゃん」
「はいはい。毎回俺は下らない事しか垂れ流しませんよ。しかし腹減ったなぁ。土産のフルーツ食っちまう?」
そう言って笹島は横に置いた段ボール箱を見た。
その時だった。
部屋の主人である夕陽がようやく帰宅した。
リビングに姿を現した夕陽は、二人を見て絶句している。
「何でお前らが俺の部屋に居んの?」
笹島はすぐに立ち上がり、段ボールを持ち上げる。
「あー、俺はこの土産を持って来た」
みなみはボロボロのエプロンをヒラヒラと振る。
「私は夕陽さんに愛の手作りご飯を…」
「何ぃ?」
それを聞いた瞬間、夕陽の顔色が変わった。
そしてすぐにキッチンへ直行する。
「あぁぁぁ……混沌が広がっている」
「あはは、ごめんねー。夕陽さん。でも色々一杯経験してる優しい夕陽さんなら許してくれるよね?」
「何の事だよ!今度こそ容赦しねぇ。二人ともしっかり綺麗にするまで今日は帰さないからな」
「はっ?何で俺まで?」
このままフェードアウトするように退場しようとしていた笹島が血相を変える。
「いいからさっさと動く!片付くまで飯はなしだからな」
「ひぇぇっ、笹島さんの嘘つき!ちっとも優しくないじゃん」
みなみが泣きそうな顔で笹島を睨むが、笹島にしてみたらとんだとばっちりである。
「それとこれは別!ひぃっ、出張帰りで疲れてる上に空腹なのに」
こうしてキッチンの片付けは深夜にまで及んだ。
その後、夕陽が慈悲で出したクリームパスタは二人の身に深く染み渡ったという。
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