第151話

「何だあの演技は。お前のいいところが全く出ていなかったぞ」


ドラマの撮影後。

みなみが差し入れのお菓子を口に入れながら着替えに控室を移動していると、やや半開きになった部屋からそんな声が聞こえてきた。


チラリとドア横のプレートを確認すると、「道明寺限竜」の名前があった。

何となく悪いとは思ったが、みなみは少し身体を寄せて耳をすませてみた。


「もっと役に徹しろ。そんな上っ面だけの演技に誰が感情移入するんだ?」



「わかってますよ。そんなの。でも俺はその前に歌手なんだよ。別に本格的に役者になるつもりはない」



どうやら中には限竜だけではなく、社長の円堂もいるようだ。

小さな事務所ならばわかるが、わざわざ社長自らタレントの現場にやって来て指導するのはあまり見た事がない。


それくらい彼は期待されているのだろうか。

その指導にはかなり熱が感じられた。


中の様子を覗き見る事は出来ないが、円堂が限竜の今日の演技の評価し、それに限竜が反論しているように見える。



「確かに最初にお前に歌わせたのは僕だ。だがお前には役者として大成して欲しいと思っている」



「大体ね、そんな勝手に押しつけられても俺には役者を本業にする気はないよ」



限竜は吐き捨てるように言い放つと、控室を出て行こうとする。



(……あ、ヤバ)



入り口に気配を感じ、みなみは慌てて離れようとしたが僅かに遅れた。

出てきた限竜と鉢合わせする。



「っつ!」



「?」



限竜と目が合う。

お互い気まずく、一瞬妙な間が生まれる。


みなみはすぐに彼から目を逸らし、そのまま回れ右をしようとする。

何となくだが、限竜の顔が今にも泣きそうな表情に見えたからだ。


しかし逃げ出す事は出来ず、大きな手が伸びて

きて、グイっと引っ張られる。



「ちょっ、ど…道明寺さん?」



慌てて振り解こうにもその力は強く、みなみは強引に別室へ連れ出されてしまった。



        ☆☆☆




「一体何なんですか?」



部屋に着いた途端拘束が解かれ、みなみは掴まれた手首を摩った。


そこは赤くはなっていないが、脈動に連動して熱を持ったように痛い。



「ごめんなさいね。そんなに力を入れたつもりはなかったけど、少し強かったみたいね。大丈夫?」



限竜は表情を一転させ、労わるように顔を覗き込んできた。

みなみは弾かれたように限竜から距離を取る。



「べっ…別に平気!」



「そう。良かったわ。ホントごめんなさいね。あの場に貴方が居合わせたらまた面倒な事になりそうだったから」



円堂はみなみを自分の事務所へ引き入れたいと思っている。

もしあの場にみなみが鉢合わせしたら、またしつこく勧誘される。

そう思ったのだろう。



「あ〜、それはどうも。でもわざわざ社長が現場来てあんな風に指導したりするのって珍しいね。道明寺さんって、もしかして社長にめっちゃ期待されてんの?」



「まさか」



限竜は顎に手を当てて笑った。

みなみはちょっとむくれて頬を膨らませる。



「でも愛されてますよね。普通あんな風に現場まで来たりしませんもん」



「そりゃあ、あれでも父親ですからね。息子がそれなりの成果あげてんのか気になるんでしょ」



「あぁ、そっかぁ。父親だか………るぁ…?!?????」



「…あら愉快な顔」



限竜は楽しそうにみなみの額をピンっと弾いた。

あまりの衝撃発言にみなみは口をパクパクさせている。



「えーーー!?道明寺さんって、栗原柚菜と円堂の子供なの?」



限竜の頭がガクンと下がる。



「アンタ、本当アホ可愛いわ…」



そしてポンポンとみなみの頭を叩く。



「少しお話しましょうか……聞いてくれる?」










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