第150話「伏見紘太side*一人きりの誕生日」
今まで家族だと思っていた人達は、本当の家族ではなかった。
その事実を知ったのは、紘太が大学を卒業した三日後の事だった。
その日はちょうど誕生日で、友人達からのお祝いメールに返信したりしながら、就職先であるデザイン会社の入社式へ向けての準備をしていた時だった。
父親が二人だけで話したい事があると言って、紘太を近所のカフェへ連れ出した。
その時は珍しい事もあるものだと何の疑念も湧かなかったが、家を出る時に何となく台所で洗い物をしていた母親が何か言いたそうな顔でこちらを見ていたのが妙に心に引っかかった。
伏見家は五人家族だ。
父と母、そして紘太と中学生の妹、小学生の弟がいる。
家族仲は良好で、たまに問題を抱える事はあっても深刻にはならず、ごく普通の一般家庭に分類するだろう。
それが脆くも崩れ去るとは、その直前まで紘太は疑いもしなかった。
カフェの一番奥の席に座った父に向かい合うように座り、紘太は一先ず父と同じブレンドのコーヒーをオーダーした。
この店のコーヒーはマスターが海外の各地を渡り歩き、吟味した豆を取り寄せたものを使っており、他ではちょっと味わえないコクと深みがある。
といっても、普段水かコーラしか飲まない紘太には何がコクか深みかわかったものではないのだが。
そんなマスター拘りのコーヒーを一口飲んで、父はゆっくりと息子の顔を見て切り出した。
自分は紘太の本当の父親ではないと。
言われた瞬間は何を言われたのか理解できなかった。
何の冗談かと思った。
わざわざこんなところへ呼び出して何を言ってるんだと。
だが父の表情は硬く、それが事実なのだと何となくわかった。
全身から力が抜けた。
指先から心臓まで、一気に凍りついたように冷たくなっていく。
父はそんな紘太に更に話す。
これは母と何度も話し合って、紘太が大学を卒業した時に話そうと決めたと。
これから大人として、社会人として過ごす先の人生の中で、予期せぬ場面でこの事実を知る事があるかもしれない。
その時、家族から何も聞かされていない中で聞くより、こうしてちゃんと事実を話す事が大事だと。
その気遣いは有り難かった。
だけど紘太からすると、そのまま隠しておいて欲しかった。
例えこの先何らかの場面でその事実を知ることがあるかもしれないが、それまでの間は確かに紘太はこの家族の一員なのだから。
その事実を知った途端、魔法は解けてそこには他人という深い溝が現れる。
急に自分は余所者だったのだと、疎外感に襲われた。
母は紘太が生後間もない頃に父と結婚したという。
紘太の父親と母は結婚しておらず、母は相手に妊娠を言わないまま紘太を出産した。
その件はまだ何かあるのか、父の説明は歯切れが悪かったが今の紘太にはどうでもよかった。
ただ許せなかった。
ずっと父や母は自分を騙してきたのだ。
今まで何不自由なく育ててくれた恩義もあるというのに、紘太にはそれがどうしても許せなかった。
そのまま一言も話す気力を失い、紘太はただじっと飲み掛けのコーヒーを眺めている。
二十二回目の誕生日は最悪な形で迎える事になった。
世界中で自分だけが孤立し、一人きりになったかのような一日だった。
その日の絶望感を紘太は今でも忘れる事はない。
☆☆☆
「道明寺さん、道明寺さんってば」
不意に腕を掴まれて、限竜は深い思考の渦から浮上する。
「えっ?あ…何だったかしら」
「セリフの読み合わせですよ。どうしたんですか?急にフリーズしちゃって」
見ると、目の前には心配するような顔で永瀬みなみがこちらを見上げていた。
その手にはドラマの台本がある。
それを見て限竜の記憶が繋がる。
「あ〜、そうだったわね。本番前にちょっと息を合わせておく為に、台本の読み合わせしようって話しだったわね。いやだわ〜ホント♡」
限竜はクネクネしたポーズを取ってみなみにウィンクする。
「うぇぇ。もう。しっかりしてくださいね。この誕生日のシーンからって言った途端フリーズしちゃったんですから」
「あぁ…誕生日……ね」
限竜は台本を見てやや俯く。
誕生日と聞くといつも思い出す。
あの一人きりになった誕生日を。
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