第147話

「みなみ、ちょっと次の仕事まで時間が迫ってるから裏道通っていいかな?」



現場から現場への移動の車内。

マネージャーの内藤の声に、後部座席でサンドイッチを頬張りながら台本チェックをしていたみなみはパッと顔を上げた。



「あー、構いませんよ。行っちゃってください」



「了解。ったく、年末が近くなると道が混んで仕方ないよ」



やや苛立った様子で内藤は大きな道から脇道へハンドルを切りかえる。

気付けばいつの間にか外の街並みはすっかりクリスマス一色になっている。

スモークガラスの向こうに広がるイルミネーションを想像すると、どうしてもワクワクしてしまう。


だからなのか、みなみは興味本位で窓を少し開けて外の様子を覗き見た。



「うわぁ、寒っ。でも綺麗だなぁ」



「コラコラ。あんまり顔出さないようにな。誰かに気づかれでもしたら面倒だぞ」



すかさず内藤が目を眇める。

そういうところはすぐに目が行く。

みなみは軽く運転席に向けて舌を出す。



「わーってますって。大体これくらいで気付く人なんか……って、あれ?」



その時だった。

みなみの目がある一点に注がれる。

その目は小さなバーの様な店先に出てきた細身の女性を捉えていた。



「し……詩織?」



客らしき年配の男性に笑顔で挨拶を交わしているホステスの顔は忘れもしない、みなみのかつての親友、野崎詩織だった。


どうしてこんなところに彼女がいるのだろう。

彼女は男性恐怖症だったはずだ。

それなのに、あの笑顔は何なのだろうか。


そう考えるよりも先にみなみは運転席の内藤に叫んでいた。



「内藤さんっ、車止めて!」



「えっ?何、どうしたんだよ」



困惑しつつも内藤はつい言われた通り、道路脇に車をつけた。

その瞬間、みなみは弾き出されたように車から飛び出す。



「あっ、こらっ!みなみっ」



内藤の怒鳴り声がしたが、みなみはそのまま走り出す。

珍しく外は微かに雪がチラついていた。



「詩織っ!」



粉雪が舞う中、みなみが白いコートを羽織った背中に声をかける。

ゆっくりと彼女は振り返る。

その顔はやはり野崎詩織だった。



「巳波…。どうしてここに貴方が……」



全くの不意打ちだったようで、詩織はビクビクしたように唇を震わせている。

そんな詩織の問いかけに応じず、みなみは鋭い声を放つ。



「詩織、答えて!何故そんな格好でこんなお店に出入りしているの?」



「それは……」



詩織は動揺しているのか瞳を小刻みに揺らし、両手をぎゅっと握りしめている。

ここはホステスが男性客に酒で接待するバーか集まる通りだ。


そんな場所で、派手な化粧と衣服を纏った詩織はどう見ても普通ではない。



「貴方には関係ないでしょ。貴方はもうあたしとは無関係なんだから。帰りなさい」



「なっ……」



詩織はこれまでのみなみへの執着などなかったかのように冷淡に返してきた。

みなみは呆気に取られ、次ぐ言葉が直ぐに出てこない。



すると詩織の後ろのドアが開いて、そこからのそりと大きな影が現れた。



「おい詩織、中々戻って来ないと思ったら誰と話してるんだ?」



「え?」



店から現れたのはみなみの知らない男性だった。

年齢は三十くらいだろうか。

粗野な口調に似合わず、身なりも整ったガッシリした大学の男だ。

顔立ちも悪くない。


その男はみなみを値踏みするようにしげしげ見ると、すぐに合点がいったように手を叩く。



「そうか誰かと思ったらこの女、永瀬みなみじゃねぇか。何だ本物もガキくせぇ小娘だな。本当にお前とタメなのか?」



「止めて、貴方は店に戻ってて」



詩織が鋭い声を上げる。

しかし男は楽しいおもちゃを見つけたように目を生き生きとさせる。



「いいじゃん、いいじゃん。どうせお前、この女ぶっ壊そうとしてたんだろ?こっちから行くつもりがわざわざ自分の方から来たんだぜ千載一遇じゃん」



「崇っ。止めて。もうその子の事はどうでもいいの。この子の世界とあたしの世界は交わらない。別の世界になったんだから」



「詩織…」



崇と呼ばれた男は不服そうに舌打ちをする。

その時、前方に横付けされたタクシーからまた新たな登場人物が現れた。



「ちょっと、何やってんのよ!あんたたち」



「えっ?道明寺さん?」



みなみは思わず彼と詩織、そして崇を交互に見た。





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