第146話

「夕陽くん本当にあたしの事、好きなの?悪いけど、あたしにはそうは思えない」


「夕陽くんにはわからないよ。あたしの本当の気持ちなんて……」



それは大学生の頃に付き合っていた彼女から言われた言葉だった。


自分の中では二人の仲は順調で、上手くやれていたと思っていた。


そんな浮かれた気持ちは、彼女からの言葉で一気に冷水を掛けられたかのように冷え切ってしまった。



「俺は……俺はちゃんと好きだよ。……の事。何よりも……の事が大事だよっ!」



それでも必死にそんな動揺を隠すように声を張って彼女へ気持ちをぶつけた。

頭の片隅で「ちゃんと好き」とはどういう意味なのかという突っ込みが過ぎったが、それでも伝えた。


すると彼女の白く滑らかな頬から一筋、涙が溢れて伝い落ちた。

一瞬、それは自分の気持ちが伝わり、彼女が感動して溢した嬉し涙かと思った。


だがそれはすぐに間違いだと気付く。

彼女は声を震わせ、幾粒もの涙を落とし、夕陽をはっきりと見た。




「ウソつき」





        ☆☆☆




「はぁ……。何であんな夢、見たんだろうな」



給湯室で自分用のコーヒーを作りながら、夕陽は深いため息を吐いた。

起きる直前に見た夢がやけにリアルで、まだ頭の中でグルグルしている。


別に昔の彼女に未練があるわけではない。

だが何故か別れの場面だけがやけに鮮烈に記憶に焼き付いていた。



「おっ、夕陽。どしたん?元気なさげだけど」



「三輪か……。いや、別に。ちょっと疲れてるだけ」



そんな絶不調の夕陽に声をかけてきたのは同僚にして友人の一人、三輪だった。


三輪はホストのような細身のスーツに趣味の良い濃紺のネクタイでキメている。

清潔感があり、顔立ちも悪くないしモテる要素は十分あるのに何故かいつも本命にはモテないらしい。


最近は本人もそこは諦めているのか、前ほど恋愛に前向きではないようだ。


三輪はそんな疲れた様子の夕陽を見て、備え付けの冷蔵庫からマムシドリンクを取り出す。

重厚な小瓶には「三輪」とサインペンで名前が書かれている。


これは会社の冷蔵庫に何か食べ物や飲料を入れる際のルールだ。

基本名前の書かれていないものは誰でも持ち出していい事になっているが、三輪のマムシドリンクは名前を書いてなくても誰も手に取りたがらない。


三輪は夕陽の不調の理由を敢えて聞かずに、黙ってそれを握らせた。



「お…おい、三輪っ」



「いいって、いいって。それ飲んで元気出してくれよ」



三輪の心遣いは嬉しいが、あまり受け取りたい代物ではない。

夕陽は顔を引き攣らせながら、それをどうしたものかと見つめる。



「そろそろクリスマスじゃん?今のうちからコンディション整えておきなよ」



「……コンディションね」



三輪は意味深に笑って給湯室を出て行った。

再び一人になった夕陽はシンクにもたれ、考える。


過去の彼女の事、そしてみなみとの将来の事を。


  


         ☆☆☆  




光の洪水のようなイルミネーションの通りでトロピカルエースが表紙を飾る雑誌の撮影が始まっていた。


無事に復帰した怜は弾けるような笑顔を振り撒き、カメラマンからの無茶振りのような要求に応えている。



「わー、あれ絶対中身見えてるよね」



それを見て、みなみがボソっと呟く。

胸元を大きく寛げたサンタ衣装の怜は、こちらに向けて足を高く振り上げるマネをしている。

ミニスカートは大きくたくし上げられ、下着が全開になっている。



「あれ、後からクリスマスの銀テのCGで加工されるから大丈夫なんだって。凄いよね。最悪全裸でも何とかなるんだから」



陽菜が呆れたようにぼやく。



「あはは。まぁ、あれ実際には下着じゃないですからね」



みなみと陽菜は揃って笑った。

結成当初は寄せ集めでギクシャクし、溝があったトロピカルエースも、色々な事を乗り越えてようやく最近一つのグループとしてまとまりつつあった。


それはリーダーの森さらさが皆に心を開いた事が大きい。

最初はすぐに辞めるつもりで、敢えて馴れ合わないようにしていた彼女は、片想いで終わったが、夕陽との恋を経験して成長する事が出来た。


その間、分断されていたグループの板挟みで頑張ってきた怜が心を蝕まれ、再びグループは窮地に立たされたが、それもさらさが間に立ち、支えた事で立ち直った。


さらさが怜の静養に笹島家を選ばなかったらこんなに早く立ち直る事はなかったかもしれない。


そんな怜も、ようやく初恋の呪縛から解放され、一般人である笹島と交際を始めた事で安定して仕事が出来る様になった。



「そういえばみなみはどうなの。真鍋さんとは変わらず仲良いの?」



陽菜の言葉にみなみは軽く頷いた。

彼女にはさらさとの事で随分迷惑をかけた。



「うん。大丈夫だよ…」



「本当に?何か元気ないみたいだけど」



陽菜が回り込むようにしてみなみの顔を覗き込む。



「うん。大丈夫。大丈夫…。ただね。最近ね、考えるんだ。最初、結構強引に私から付き合おうって迫って始まった事だから、夕陽さん本当はどう思ってるのかなって」



「みなみ……」








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