第145話
「あらやだ、そういえばそろそろクリスマスよね〜」
歌番組の収録現場にある小さな休憩スペースでリハーサルの様子を一緒に見ていた限竜が、手帳を見ながらふとそんな事を呟いた。
差し入れのおにぎりを食べていたエナは、いまいちピンとこないのか首を傾げている。
「確かにそうですけど、私達には公のイベントは関係あってもプライベートなイベントは無関係じゃないですか」
「あん。若人が夢も希望もない事言わないの♡ちなみにお二人のイブとクリスマス本番のご予定は?」
限竜は揶揄うように愉しげな視線を送ってくる。
みなみはうんざりした顔でため息を吐いた。
「イブはクリスマス恒例の歌番組の出演と、本番はクリスマス一日限定ライブですよー」
「へぇ、そうなんだぁ。忙しいんだね。みーちゃんは」
「他人事みたいに言ってるけど、エナも同じスケジュールなんだからね」
「う…うす」
みなみは胡乱げな自然をエナに送る。
やはり独特な不思議ちゃんな少女である。
「あらら、可哀想。せっかくのクリスマスだというのにねぇ」
限竜は身体を捩らせ、涙を拭うフリをする。
「そういう道明寺さんこそクリスマスのご予定はどうなってるんですか?」
「あら、あたしのクリスマスに興味あるの?」
「社交辞令っす!」
「っす!」
二人は声を揃える。
それを聞いて限竜は苦笑いを浮かべた。
「本当にあんた達ってば…。まぁ、いいわ。あたしもクリスマスは仕事なのよ。イブは演歌deパレードの特番とあんた達も出演する歌番組の企画モノに出るし、クリスマスも生放送のトーク番組が決まってるのよね」
「なぁんだ。つまらん」
エナはそう言うと、ストローを咥え、ソーダ水をブクブクさせる。
「何か今年こそは凄いクリスマスにならないかなぁ」
「そうねぇ。何かないかしらねぇ。あたしとみなみちゃんが格闘技で対決するとか…」
「いやいやいや、それ年末にやるヤツじゃん。それに闘わないからっ!」
みなみはうんざりした顔で上方を仰ぎ見た。
「…クリスマスかぁ。夕陽さんどうするんだろう」
☆☆☆
「そうだ、莉奈さんはクリスマス何が欲しいっすか?」
こちらは笹島家。
今日は1ヶ月ぶりに怜が笹島家にやって来た。
仕事に復帰してから、忙しくて中々訪ねる事が出来なかった怜だが、ようやく数時間だけ時間を作る事が出来たのだ。
笹島の家族は喜んで彼女を迎え、ささやかな宴会を開いてくれた。
その合間に笹島は自室へ怜を連れ出した。
「え、何も要らないよ。このままで十分だもん」
「そう言わずに何でも言って下さいっすよ。何なら少し高い物でもいいっすよ?」
すると怜はニヤリと笑い、笹島に耳打ちする。
「じゃあ、身体♡」
「は?えっ?」
瞬間、笹島は両手で胸元を隠すマネをした。
怜はそれを見て大爆笑する。
「あはははっ、耕平くん最高っ!冗談に決まってるじゃない」
「ははは…そ…そっすね」
残念なようでホッとする。笹島はそんな複雑な気持ちを抱え、力なく笑った。
すると怜は幸せそうに笹島に身体を預けてきた。
軽く肩にかかる甘い重みに、ふわりと優しいコロンの香りが鼻先を掠める。
「莉奈さん…」
怜は幸せそうに瞼を閉じると、囁くように話し出す。
「本当に何も要らないの。勿論貴方から貰える物なら何でも嬉しいわ。でも私は貴方だけで欲しいものは全部なの」
「………」
笹島は少しだけ怜の腹部に回した腕に力を込めた。
「私と付き合った男の人は皆、付き合ってしばらく経つと変わっていったわ」
「それはどういう風にっすか?」
怜は辛そうに笑う。
「私、彼氏が出来ると夢中になり過ぎるのよね。何でも彼氏中心の生活になっちゃうの。それがダメなのよね。どんどん彼が傲慢になっていって、私を支配しようと変わっていってしまうの」
「莉奈さん…」
「それでも好きだから、彼に合わせようと頑張ってきたけど、そういうのに疲れちゃったのよね。それであんな事になっちゃった…」
笹島の脳裏にあの空虚な表情で家にやって来た怜の姿が甦る。
笹島は怜を抱き寄せる。
「大丈夫っすよ。もうそんな思いはさせませんから」
「うん…。だからね、プレゼントは要らないの。わかった?」
怜は幸せそうに笹島に身を任せる。
「はい。わかりました」
「はぁ、次会えるのはもう年明けなのよね」
切なそうに怜が、ため息を吐く。
「そんな事ないっすよ。俺、クリスマスとカウントダウンライブ行きますから」
それを聞いて笹島が興奮気味に頷く。
怜はそんな笹島を眩しそうに見て笑った。
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