第143話

「ねぇ〜、森さん。ここに耕平くん連れてきてもいい?」



夜。

さらさが仕事を終えて、ご飯を食べて風呂に入り、ダイニングで酎ハイ片手にうとうとしていると、怜が背後から抱きついてきた。


背中に圧倒的な密度を誇る胸の柔らかさが直に伝わる。

そして密着した箇所からふわりと漂うボディソープとフルーティーなアルコールの香気が混じり合う。


もしもさらさが男性なら堪らないシチュエーションだろう。



「ダメに決まってるでしょ。そんなの自分の部屋が決まった時に好きなだけ呼べばいいじゃない」



さらさは面倒そうに片手で彼女の身体を引き剥がす。

ここで二人のイチャイチャを見せつけられるのは御免だ。

ここはさらさの家なのだから。


怜は現在さらさの部屋で同居している。

彼女としても早く新しい家を見つけなくてならないとは思っているのだが、何でもやってくれるさらさとの同居生活は居心地が良く、つい先延ばしにしていた。



「ふぅ…。それはそうなんだけど。ね、別にここに呼んでも変な事するわけでもないし、ただ楽しくおしゃべりするだけなの。いいでしょ?」



「良くない!もうダメって言ったらダメ!どうしてもって言うなら彼の家で会いなさいよ」



「行ったけど、彼の家はすぐ誰か入って来るし落ち着かないのよね」



「あぁ。彼、実家暮らしでナユタも一緒だものね」



さらさは少し懐かしげに目を細めた。

最近はあまり会う機会も減ってしまったが、確か来年の春には赤ちゃんが生まれるはずだ。

その前には一回くらい会いたいものだと思った。



「とにかく怜、彼氏はここに持ち込み禁止よ」



さらさはビシッと人差し指を立ててキツく言い付ける。



「はぁ〜っ。彼ピッピに会いたいなぁ」



怜は奥にある自分の布団にゴロゴロ転がった。



「全く。彼氏が何よ…そんなに彼氏が……」



一人になり、さらさはぼんやりと考えていた。

真鍋夕陽の事を。

あの失恋から月日は流れ、すっかり立ち直れたと思っていたが、それでもやはり時々思い出してしまう。



「彼氏かぁ〜。あっ、ダメダメ。私にはトロエーを大きくしなくちゃならないんだから。…でもなぁ」



奥で怜は笹島に電話をする事にしたようで、楽しげな声が聞こえてきた。


それを聞いてさらさはため息を吐いた。



「私にももうワンチャンないかなぁ」



その時だった。

さらさのスマホに着信があった。

思わずさらさはビクっと肩を震わせる。


その相手を見て更に鼓動が跳ね上がる。



「お…王子!?もしかして私にもワンチャンが?」



電話の相手は真鍋夕陽だった。

さらさは震える手でスマホを握りしめる。



「も…もしもし?」



「あ、森さん?真鍋です。みなみから聞いたんですが、糠床ダメにしたんですよね?俺ので良かったらわけてあげますよ。明日みなみに持たせますんで」



「え?」



さらさの動きが止まった。

確かに昨日みなみに、家宝のように大切にしている糠床をダメにしてしまった事を話した覚えがあった。


このところ怜と笹島の事や、円堂の事で色々あって、つい糠床の管理を怠っていた。


それをみなみが夕陽へ話したのだろう。

元々夕陽の糠床はさらさが分けたものなので気を遣ってくれたらしい。



「あ…あぁ、糠床がねぇ。ありがとう。助かります。あぅっ、ワンチャンが…」



「ワンチャン?」



「いいえ。何でもないの。本当に」



さらさは少しガッカリした気分でスマホを置こうとした。

すると夕陽が声を挟む。



「あ、そうだ。森さん、円堂って「双子」じゃないですか?何か知りません?」



「え?」



さらさは首を傾げた。









   

        







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