第139話

「一体何故あの子にそんな執着されるんですか?」


ケータリングから失敬してきた少し薄めのコーヒーを彼の前に置き、限竜は軽くため息を吐く。


円堂はそれには目もくれず、長い足を組んでニヤリと笑う。



「可笑しいかい?」



「いいえ。それは別に。貴方は若い子が好きだから。私が気になるのは、何故あの子を「彼女」として側に置くのではなく、ご自分の事務所の所属タレントとして側に置きたいのかって事です」



すると円堂は低く笑った。



「何かおかしな事でも?」



「いいや。キミはあの子のタレントとしての価値は低いと評価していると言っているようなものだぞ?そう思ってね」



「くっ……」



限竜は悔しげに唇を噛んだ。

それを見て円堂は更に笑う。



「まぁ確かに永瀬みなみのタレントとしての資質は低い。この書き込みにある演技も歌も及第点といったところだ。逆に将来性があるともとれるが、まだそっち方面の眼力はボクにはないから別にその辺りの資質は度外視だ。そんなボクが所属タレントを選ぶならまず即戦力だね」



「だったら何故…」



言い募ろうと身を乗り出す限竜を円堂は片手で制する。



「はっきり言おう。あの子自身には微塵も興味はない。女としてもタレントとしても。ボクにとってあの子は欲しいものを得る為に必要なアイテムのようなものだよ。ほらあるだろ、竹取物語にさ、かぐや姫と結婚したければ五つの宝物を集めて来いって話」



「その、宝物があの子って事ですか?」



「そう。宝物自体に興味はないけど、その先に待つ望みの為に必要という事だよ」



「でもそれだと、姫に求婚した若者たちは結局結婚出来ず、姫は月に帰ってしまいますよね?」



その言葉に円堂のテーブルの上に軽く置かれた手が握られるのを限竜は見逃さなかった。

明らかに彼は動揺している。


しかし円堂は次の瞬間には何事もなかったように微笑む。



「ボクにとって姫との結婚はハッピーエンドではないからね」



「?」



円堂はゆっくりと席を立つと、まるで労るように限竜の肩に手を置いた。

布越しだというのにまるで相手の体温を感じない冷ややかな手だと内心、限竜はゾクリと肌を震わせた。



「だからまだ見逃してやるよ。好きに足掻いてみるといい。「母親」の二の舞にはなりたくはないんだろう?」



「っつ!」



その言葉に体内の血液が一瞬で沸騰したかのような怒りが宿った。

無意識に拳が振り上げられる。


だが振り上げかかった拳はすぐに理性を取り戻し、力なく下げられる。

すると代わりに笑顔の仮面が現れ、先程の怒りを覆い隠した。



「いやだな。社長。俺はいつだって従順な飼い犬ですよ」



「ふふふ。好きにしろ」



そう言って円堂は楽屋を出て行った。



「…………」



限竜は悔しげに唇を噛み締め、小さく呻いた。



「母さん…あれが本当に俺の「父親」なんですか?」














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