第137話

「おっすー。夕陽どん」


「こんばんは。真鍋さん。お邪魔してます」



「は………これは何事?」



仕事を終えて帰宅した夕陽はドアを開けた瞬間、ただ絶句し全身を硬らせた。



「何でここにトロピカルエースが集まってんの?つかここ俺の部屋だよね?」



帰宅すると、部屋でアイドルの後島エナ、喜多浦陽菜、森さらさが寛いでいた。

信じ難い光景である。



「怜が笹島くんから鍵借りたのよ。王子、あのアフロにも合鍵渡すなんて……アレね」



「アレってなんですか。別に大した意味はないですよ。大学時代に飲みに行った帰り、よく笹島を泊めてた事があって、面倒だからそのまま鍵預けてただけですよ」



夕陽は鞄を置くと、居心地悪げにため息を漏らす。

何だか非日常である彼女達がいる事で、自分の部屋ではないような気分になる。

ローテーブルの上にはカラフルなケーキや菓子が並べられ、益々居心地が悪い。


どうやらここに居ないメンバーは永瀬みなみと乙女乃怜のようだ。



「そんな事、どうでもいいじゃない。それより遅いわよね。怜…」



「そんな事って……」



さらさはソワソワしたような顔で時計を見ている。

どうやらここに怜も来るようだ。

一体これから何があるというのだろう。



「あの、そろそろ何があるか教えてくれませんかね?」



何かのサプライズ的なイベントを考えたが、それを彼女たちがわざわざ自分の家でやる意味はない。

すると陽菜がようやく教えてくれた。



「何かね、怜から重大発表があるんだって」



「は?重大発表?何だそれは」



「わからないよ。ただ怜が今日、重大報告があるから真鍋夕陽の部屋に集まってってメッセージきたからこうして集まってるんだよ。ちなみにみなみはドラマの撮影が押しててまだ来られないって連絡あったわ」



そう言って陽菜は自分のスマホを煽ぐように振った。



「な…何だよそれ。わけがわからん」



夕陽はスーツ姿のまま頭を抱える。



「まぁまぁ、このままじゃスーツがシワになるでしょ。まだ怜も来そうにないから向こうで着替えてくるといいわ。大丈夫。覗かないから♡」



「はぁ…わかりました」



さらさの気を利かせた発言に立ち上がった夕陽だが、背後から何故かエナが楽しそうな顔つきでついてこようとしている。



「オイオイオイ、ついてくるな」



「え、今のついて来て欲しい前フリじゃなかったの?夕陽どんの生着替え」



油断も何もあったものではない。



「なわけあるか!つか何だ、その呼び名…」



「可愛い可愛い♡」



「………」



この少女はある意味、みなみよりタチが悪い。

これ以上相手にするのも疲れるだけなので、夕陽は隣の寝室へ着替えに行った。




        ☆☆☆




「ねぇ、重大発表って何だろうね」



着替えを済ませて、ラフなスウェットを着た夕陽は、女子ばかりという空間に耐えかねてキッチンで軽食を作り始めていた。



メニューはサンドイッチだ。

軽く温めて柔らかくしたライ麦パンに野菜やローストビーフを挟む。

ちなみにローストビーフはさらさがお酒のツマミに持参してきたもので、かなり高級な肉だった。



「アレじゃない?結婚発表!」



エナがテンション高く声を上げる。

夕陽は思わず仰け反った。



「はぁっ?何でこのタイミングで?この前ガセの結婚発表あったばかりでかよ」



怜が別の男性との電撃結婚発表との誤った報道があったのはつい先日の事だ。

それからまだいくらも経過していないうちに結婚発表はないだろう。


それに笹島は今日から出張で埼玉だ。

朝、出張前に出社して来た時は全くそんな様子はなかった。


彼はすぐに顔に出る男だ。

それを一切気取らせる事なく振る舞う事は出来ないだろう。



「そうよね。私も一緒に暮らしてるけど、そんな話はなかったわ」



さらさも同意見のようだ。

しかしエナはこの電撃結婚説をいやに推している。



「でもでも、全くないとは言い切れないない」



「…まぁ、それはそうだけど」



夕陽が困惑気味に顔を顰めていると、奥から来客のチャイムが鳴った。



「あっ、怜来たみたいだよ」



エナが相手も確認せずすぐに応答ボタンに触れる。

もし怜ではない人物だったらどうするつもりだ。


だがエナと共にやって来たのは怜だった。

派手な帽子に大きめのサングラス、黒いマスクをかけた完全防備である。


その怜は部屋に入ると大きな息を吐いて、帽子とサングラス、マスクを取った。

すっかり豪奢なオーラ溢れる芸能人スタイに戻ると、怜は改めて部屋に集まる面子を確認する。



「ごめんなさいね。ちょっと仕事がズレ込んじゃって…あれ、みなみは?」



「みーちゃんもお仕事だよ」



「あぁ、あの甘っちょろい学園モノのね」



「甘っちょろい……」



怜はハイブランドの真っ赤なキャリーバッグを置くと、陽菜とさらさの間に入り込む。



「それで重大発表ってナニ?」



早速エナがワクワク顔で怜に詰め寄る。



「ふふふ。みなみが来るまで待ってようかと思ったけど、あの子や森さんに真鍋くんはもう知ってるから別にいいわね」



「?」



怜は夕陽やさらさの方を見渡してから、少し頬を染めた。


その様子を見て、エナが「やっぱりね」と、合図を送ってきた。

やはりこれは本当に二人の結婚発表なのだろうか。

それならこんな大事な場に当事者の一人である笹島も同席していない事が気になるのだが。


夕陽は出来たサンドイッチを持ってリビングに戻り、怜の言葉を待った。


怜は少し恥ずかしそうに話を切り出した。



「実はね、皆のいる事務所で話す事でもないからここに集まってもらったんだけど、報告があるの。あたしに新しい彼氏が出来た事は知ってるわよね?」


…ゴクリ。


いよいよか…と夕陽は硬い表情で怜の声に集中する。

隣でさらさの唾を飲む音が聞こえる。

夕陽まで緊張してきた。



「その相手なんだけどね、実は真鍋くんの友人の笹島耕平くんなの」



………。



リビング内に「無」の世界が広がった。

陽菜とエナに至っては今まで見た事もないような微妙な表情を浮かべている。


そんな空気を分断するように代表してさらさが口を開く。



「……それで?」



「それでって、それだけだけど?」



怜はモジモジしながら答える。



「…くっだらなー!そんなの全員知ってるし」



「えっ?えっ、えーっ!?どうしてよ。あたし、彼氏が出来た事は言ったけど、相手がどんな人かはまだ言ってないわよ」



怜はパニックになったように話し出す。

だが当然この場にいる者、誰一人として驚く事はない。



「言わなくてもわかるっつの。皆、相手があのアフロマンだって思って惚気聞いてたよ」



エナは急に興味を失ったようにソファに倒れ込んだ。



「嘘、嘘っ、待ってそんなの恥ずかしすぎるっ!耕平くんがここで発表した方がいいって言ってたからここにしたのに」



怜は顔を覆い、身悶えている。

一体何がしたかったのだろうこの人は。



「とりあえず、俺、何か他にも摘むモノ作りますよ」






























 

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