第136話

「アイドル辞めて結婚…ねぇ。お前、今何か悩んでるの?」



夕陽は机の上の資料を手早く片付けると、ゆっくりみなみの手を取った。

その手は冷たくて、やや震えていた。



「………ちょっとだけね」



「おっ。珍しく正直だな。それは今、俺に言える事?」



みなみは緩く首を振った。

その動きに合わせ、柔らかな髪が肩を滑り落ちていく。



「まだ。もう少し自分で考えを整理したいから…」



「そっか。ならしっかり自分で答えが見つかるまで考えろ。その中で何か相談したい事や俺の考えが必要な時はいつでも言ってくれ」



「夕陽さん…」



やはり彼女は何か悩みがあるようだ。

何となくそれはわかっていたが、無理に聞き出す事はしたくなかった。

夕陽はみなみの頭を撫でる。



「…悩みに答えを出すのはお前自身だ。お前が考えて選ばないとならない。だけど俺はどんな選択でもお前の全てを受け入れるよ。ずっとアイドルを続けたいと言ったら全力で応援する。逆に辞めて結婚すると言ったら俺がお前の生活を支える。全く別の選択をしたとしても同じだ」



「夕陽さん…随分イケメン発言だなぁ。ますます好きになっちゃいそうだよ」



みなみは滲んだ涙を誤魔化すように乱暴に擦ると、夕陽の胸に身体を預けた。



「はいはい。それはどうも。明日も早いんだろ。先に寝ておけ。但し、自分の部屋でな」



「……もう。すぐ現実に突き落とすんだから」



みなみは渋々立ち上がる。

二人は同棲しているわけではない。

部屋はまだ別々だが、ふとそれでも寂しさを覚える事がある。


もし本当に結婚したとすると、この寂しさは解消するのだろうか。


夕陽は軽く彼女の額に口付けると、そっと彼女を送り出す。



「次はいつ会える?」



玄関先で名残惜しげに尋ねると、みなみは頭の中のスケジュール帳を開くように視線を上へ持っていく。



「うーん。アルバムと新しいツアーの打ち合わせがあるから3日後くらいかな」



「お、そういえば来月から3ヶ月連続でアルバム発売するんだっけ?」



乙女乃怜が完全復活したトロピカルエースは12月から2月まで連続で3枚のフルアルバムをリリースする事が公式ファンクラブで発表された。

その発売を記念して全国ツアーが再び始まるのだ。

初の舞台が終わった後も、みなみは多忙を極めていた。



「よく知ってるね。夕陽さん」



「笹島から聞いた」



「あ、そっか。早乙女さんさぁ、もう楽屋で彼ピッピ好き好きが凄くてウザ過ぎるんだよね…」



「マジか…。俺はまだ信じられん」



「でしょー?もう何で笹島さん?って感じだよ」



みなみは呆れたように肩を竦めた。



「案外、あの二人が私達より先に結婚したりしてね」



「はははっ、まさか…な」



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