第135話
「チッ…何で俺までビンタ喰らうんだよ」
頬を腫らした
「森サラのガチビンタ……最高♡」
同じく頬を腫らす笹島は、何故かうっとりした顔で何度も頬を撫でている。
薔薇は危ないモノを見るような目を笹島に向けると、ため息を吐いた。
「お前さぁ、マジで乙女乃怜と付き合ってんの?」
「え、付き合ってますが、何か?」
「……いや、いいわ。しかし何で更紗姉さんは元カレを追いかけてんだよ。まさか後妻に収まろうとしてんのかね」
薔薇は更に先の方で円堂を尾行している森さらさらを見て首を傾げる。
「あ、森サラがアイツと付き合ってた事は知ってんだ」
笹島が意外な声をあげる。
薔薇はそれにやや顔を顰め、小さく息を漏らした。
「そりゃあ、まぁ。俺がホストしてた時期から新宿じゃ円堂さんの名前は有名だったし、姉さんはあまりそういう事、隠さないタチだったからなぁ」
「へぇ…。あ、でも後妻とかは違うから。あの男の周囲がきな臭い感じで、知り合いがそれに巻き込まれてそうなんで、ちょっと調べてんだよ」
「へぇ…きな臭いねぇ」
薔薇は腫れた頬に手を当て、再び円堂に視線を戻した。
先程のブーケを受け取ったホステスは、大袈裟に喜び、円堂の首に腕を回して抱きついている。
この界隈では特に珍しい光景でもないので、誰もそれを見て驚く者はない。
その時、店のドアが静かに開き、中から小柄な女性が姿を現した。
それを見た瞬間、笹島は大きく目を見開き、身体を硬直させた。
「……あれ、詩織ちゃん?」
「詩織?何だよお前、DTのクセしてまさか馴染みのホステスがいんのかよ」
「違うって、あの子がその知り合いなんだよ」
先の方で同じく今の光景を見ているさらさも笹島と同様の反応をしている。
店から出てきた詩織は、黒いレースをあしらったワンピースに黒い手袋、口元にも黒いレースのマスクの全身黒尽くめで現れた。
ただショートボブの艶やかな黒髪の間から覗く、差し色のような赤いメッシュがやけに鮮やかに映えた。
「何だって彼女がこんなところにいるんだよ」
「そんなの簡単だろ。あの店のホステスなんじゃね?」
薔薇は何て事はないように言うが、笹島はあのコミュ障な少女がこのような場所で酔った男の相手をするような仕事に就くようには思えなかった。
「……いや。違うと思うんだけどなぁ」
詩織は円堂の横に来ると、ホステスに一礼した。
その後、円堂はそのホステスと二、三会話を交わし、詩織を連れて車に乗り込んだ。
「アレじゃね?新しいオンナが出来たから栗原柚菜と別れたってヤツ」
薔薇は去っていく円堂の高級車を見て口笛を吹いた。
「………」
笹島はそれを複雑な表情で見送った。
☆☆☆
「夕陽さん、最近持ち込みの仕事多いの?」
「え?いやそうじゃないけど…」
その間の夜。
夕陽の方は、休日を利用して図書館へ出向き、過去の新聞を調べていた。
その内閉館時間が迫り、止む無く関連記事をコピーして、残りは自宅で読む事にしたのだ。
帰って来ると、珍しくみなみが自分より先に帰っていたので、適当に夕飯を作り、風呂を沸かして彼女を先に入れた。
湯上がりのみなみからは自分と同じボディソープの香りがする。
同じ香りなのに、それが彼女自身の香りと混ざると妙にドキドキしてしまう。
しかし今の夕陽は調べ物を優先しないとならない。
彼は今、大学内で起こった円堂教授と野崎教授の論文盗用論争について調べていた。
元々二人は同じ大学内で同じテーマの研究をしていた。
それが後に野崎教授が他の大学へ移り、それぞれ研究が進められていた。
その間、二人には目立った交流もなかったという。
ならば一体どうしてこのような盗用事件が起こったのだろうか。
結局この事件は解決する事はなく、様々な憶測が飛び交った。
この件から円堂教授は学会を追放され、大学も退職せざるを得なくなった。
一度こういう印象がつくと、周囲はどうしても色眼鏡で見てしまう。
野崎教授もその後は大学を辞職し、公の場から姿を消した。
これが現段階で調べられる全てのようだ。
夕陽はゆっくりコピー用紙の束を重ね、読書用の眼鏡を外して机に置いた。
「…ねぇ、夕陽さん」
「ん、どうかしたか?」
夕陽は凝り固まった目元をやわやわと揉みながら返事をする。
するとみなみはじっと夕陽の顔を見つめ、躊躇いがちに口を開く。
「夕陽さん、私がアイドル辞めたら結婚してくれる?」
「…!?」
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