第134話

「ええと、こちらがオーダーのアレンジメントブーケになります。いかがでしょうか」



薔薇そうびは、奥のバックヤードから豪華なカサブランカをメインにした匂い立つブーケを持って来た。



「あぁ、実に華やかじゃないか。やはり君にお願いして良かったよ」



それを見た円堂は嬉しそうに表情を緩める。

誰かにプレゼントでもするのだろうか。

円堂はカードで支払いを済ませると、ブーケを受け取って笹島のすぐ横をすり抜けていく。

嫌味なくらいに主張する強めの香水が鼻先に届く。


当然笹島の存在など視界に掠めもしない。



「なぁ、あの男だけど……」



笹島はレジを操作する薔薇の側に駆け寄る。

すると薔薇は面倒そうに顔を顰めた。



「なんだよ。お前。男にも興味あんの?」



「ないから!そうじゃなくてあの男、エンドウって言ってなかったか?」



「は?あぁ…お前、栗原柚菜も推してたんだっけ。その旦那まで知ってたとは。流石はキモヲタの鑑だな」



「やっぱり円堂殉なんだな」



笹島は薔薇の揶揄を無視し、難しい顔をして俯いた。

それを見た薔薇が何を誤解したのか、ニヤニヤ笑いながら笹島の肩に腕を回した。



「何だよ。乙女乃怜攻略断念して、フリーになりそうな栗原柚菜にタゲ変えんの?」



「だから違うって。あの円堂さ、よくココに来るの?」



「はぁ?まぁお得意様だよなぁ。毎回高いブーケ頼んでくれっし。こっちにとっちゃありがたい存在だよ」



笹島は迷惑そうに薔薇の腕を外すと色とりどりの花々に目を向ける。



「花なんて買ってどうするんだ?奥さんに…とか…」



「お前バカなのか?誰が離婚調停真っ只中の妻に花なんて贈るかよ。ここがどんな立地にあるか考えてみろ。そんなの決まってるだろ。ホステスや馴染みの店に贈るんだよ」



「ほえ?お…おぉ」



笹島はどう返していいかわからず、視線を彷徨わせる。

彼の世界観とはかけ離れたものに対する防御反応のようなものだ。

薔薇は呆れたと言いたげな目を向けた。



「あの人さぁ、結構女遊びが激しい事で有名なんだよ。結婚してもそれは変わらなくてさ。まぁ、お陰でこっちも助かってるけどな」



「マジすか…あのゆっずーが奥さんなのに?」



「案外そういうもんなのかもしれないぜ。お高いシャトーブリアンが毎日食える生活は確かにいいけど、やっぱ食い慣れた安いスーパーの特売肉に戻りたくなんだよな」



「うぉぉい!コラ、ゆっずーを肉に例えんな!」



「ハイハイ。でもなぁ、俺はそれでもシャトーブリアンにいくけどなぁ。もしかして毎日ヤらせてくんないのかな」



「………」



笹島は赤面し、再び視線を泳がせる。

それを見て薔薇は爆笑する。

その時だった。



「あんた達、本当にバカじゃないの?」



店先でバカな話で盛り上がっている二人の前に、こちらを腕組みしてサングラス越しに睨みつけるスタイルの良い女性が立っていた。


その姿を見て、薔薇はすぐに誰か悟って顔を歪ませる。



「げ、更紗姉さん…」



「え?森サラ?えええっ?」



「シッ!声が大きい」



そこに立っていたのは、森さらさだった。

カーキ色のダウンジャケットにワインカラーのスキニー、同色のブーツで秋色に着飾った彼女は忌々しげにこちらを睨みつける。



「何でこんな時間に更紗姉さんが来るんだよ」



「別にいいでしょ。元、弟の顔を見に来ても。それよりさっき円堂がこっちに来たでしょ?」



さらさはムッとした顔をしながらも沿道の方に視線を走らせる。



「あ、来たっすよ。凄いブーケ買いに」



「やっぱり…」



それを聞くとさらさはすぐに踵を返す。



「え、どうするんすか?」



「追うのよ!」



「…………」



二人は無言でさらさを見る。



「な……何よ?」



やや困惑気味にさらさは二人を見返した。

そんな二人は同時に口を開く。




「暇な芸能人…(だな)(っすね)」



「っつ!」



次の瞬間、二人の頬に熱い衝撃が走った。

口は災いの元である。










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