第131話
「じゃあ、つい先日奇跡的に想い通じて付き合い始めたと思ったらもう婚約って事なの?展開早すぎっ」
みなみは何度も「信じられん」「あのアフロが」…をうわ言のように繰り返している。
どうやら彼女は本当に笹島と怜の事を知らなかったらしい。
「いや。俺も信じられないよ。まさか相手、別人じゃないよな?」
「いくら何でもそれはないでしょ?あ、コレが写真らしいね。週刊誌が撮ったみたい」
みなみが自分のスマホを夕陽にも見せる。
それはモノクロの写真で、どこかのカフェで怜と男性が向かい合って座っている構図だ。
ちょうどその手元がズームされ、指輪らしき小箱を手渡しているように見える。
その男性の写真は顔にボカシが入っていたが、夕陽はそれを見て顔色を変えた。
「……って、マジでこれ笹島じゃなくね?」
「えっ、そんなまさかぁ…。あれ、笹島さんより細いね。アフロでもないし、服の趣味もいい」
写真の男性は明らかに笹島の体格と一致しない。
「これ、誰だよ?」
☆☆☆
その頃、当の笹島は部屋で今までお世話になったアイドルグッズに別れを告げていた。
怜という最推しのアイドルが彼女となった今、もう他のアイドルは彼には必要ない。
「あぁ、マユカちゃんも絵麗奈ちゃんも今日でお別れか…。今度はいい人に愛でてもらうんだぞ」
一つ一つのグッズにお別れをして、それらを綺麗に梱包する。
そのグッズは明日、フリマアプリで落札した人へ送られる。
給料の殆どを注ぎ込んできたグッズは、言わば自分の血肉を分けたような存在だ。
それを手放す事は身を切られるような思いだった。
「はぁ…。必要なくなったとはいえ、切ないぜ」
ため息を吐いて、笹島は全ての梱包を終えた。
その時だった。
「耕平さん、ちょっといいかな?」
部屋の外からナユタが声を掛けてきた。
「義姉さん?あ、入ってもいいっすよ」
笹島が返事をすると、エプロン姿のナユタが入って来た。
その手にはスマホが握られている。
「あのね、耕平くん。これなんだけど、ちょっと見てくれるかな?」
「ん、何すか?………トロピカルエースの乙女乃怜、婚約ーーーー!?なんですとー」
「シッ!声が大きいよ。まだ家族は知らないから、先に耕平くんに聞きたかったの。ねぇ、怜ちゃんといつ婚約なんてしたの?」
ナユタは声を潜めるが、笹島はそれどころではない。
笹島が好きだと言ったのは幻だったのだろうか。
それともただ自分は弄ばれただけだったのか。
様々な想いが頭の中をグルグル渦巻き、ザワザワとした血流の音が耳に直に響く。
「もしかして耕平さん、知らなかったの?」
ナユタの問いかけに笹島はコクコク頷く。
ナユタは笹島のアフロを母親のようにゆっくり撫でた。
「大丈夫だよ。きっと何かの誤解だよ。明日落ち着いて怜ちゃんに聞いてみよう?」
「義姉さん……」
☆☆☆
突然の乙女乃怜の婚約報道は深夜だというのに、どこのテレビでも取り沙汰されていた。
それを大型ヴィジョンで眺めながら、秋海棠一十はワインを一口飲んだ。
「そんなに結婚っていいものかねぇ」
その横で学校の宿題をしていた霜國蒼はその手を止める。
蒼は時々、今でも一十の家を訪れる。
大概、こうして宿題をしたり本を読んだりしていた。
「好きな人とずっと一緒にいられるんですよ?いいに決まってるじゃないですか」
しかし一十は首を傾げる。
「別に結婚しなくても、一緒にいようと思えばいられるよ」
「うーん。確かにそれはそうですが、結婚すると法的に家族になれますから、子供も作れますし、家族にしか出来ない先の将来を約束する事が出来るじゃないですか」
「ふぅん…先の将来?…例えば?」
ワイングラスを指で弾き、一十はチラリと蒼の整った横顔を見た。
「そうですね、例えば自分の命が尽きた際に相手に財産を残す事が出来ます」
「なる程ね。確かに他人には出来ないか」
「それにもし天涯孤独の身だったら、孤独死は回避出来ますし、死亡届や火葬の手続きもやってもらえますよ。もし誰もいなかったら無縁仏一直線…の前に死亡した事すら役所に受理してもらえませんよ」
「ねぇ、キミって、本当に高校生?」
蒼は微笑んだ。
「まぁ、そういうリアルな部分を外しても、結婚っていいものだと僕は思いますよ。まだ僕は結婚出来る年齢ではありませんが」
「ははははっ。そうか。でも君にとっての結婚って何だか自分の死後の面倒を見てもらう為の手段みたいだね」
「物の例えですよ。一応僕にだってまだ見ぬ結婚には憧れがありますから」
一十も笑った。
そして蒼はテレビを見ながら呟く。
「でも本当にどうするんです?この騒ぎ」
「さぁ……」
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