第130話

子供の頃から人の不孝を見る事に興奮を覚えた。

自分でも何て浅ましい事だと自らを戒めるのだが、やはりそれは何年経っても変わる事はなかった。


それは自分より不孝な者がいる事に安堵したいが為なのか、単に性格が捻じ曲がっているのか今ではそれすらわからない。


一体自分はどうしたらいいのだろう。

怖かった。

それらの鬱屈した思いは、九年前、初めて罪を犯した日に収束される。


何て罪深い所業だろう。

それを隠蔽したいが為に強引に結婚を進めた妻はもういない。



「……………」



彼は明かりの消えた一人きりの部屋で蹲っていた。

本当に手に入れたかったものはいつも何処かで溢れてしまう。

気付いた時にはもう何も残っていない。




         ☆☆☆




一日の激務を終え、マンションへ帰ってきた夕陽を待っていたのは汚れた部屋だった。


入った瞬間、部屋を間違えたかと錯覚する程、そこには異次元が広がっていた。



「なっ……なんじゃこりゃあ」



思わず鞄をポトリと落とし、夕陽は絶句する。



「あ、夕陽さん。久しぶり〜♡」



そのゴミ溜めの中央には、ゴミ溜め国のプリンセスが鎮座していた。

彼女は正真正銘のアイドル、長瀬みなみだ。

みなみはそのゴミ溜めの中で、実に愛らしく微笑んでいる。

シュールな光景だと夕陽は思った。



「一応聞くが、何なんだこれは」



「え、あぁ、コレ?夕陽さんが帰ってくるの遅いから自分のトコから色々持ち込んだんだー。ダメだった?」



「…………」



夕陽は自分の額を片手で覆った。

憤り、憤怒…あらゆる怒りの感情が全身を駆け巡り、中々言葉にならない。



「夕陽さん?あ、もしかして久しぶりに会えて超感動してる?だったら同じだね♡私も超嬉しいよ〜」



そう言ってみなみは背伸びをして、チョンと夕陽の唇にキスをする。



「………ぐっ」



「…夕陽さん?……ふぁっ?」



みなみの軽いキスが呼び水になったのか、一瞬で夕陽の頭から怒りが飛んだ。


そして次の瞬間にはみなみの腰を引き寄せ、更に深く口付けを合わせた。

角度を変えて何度も何度も。


長い長い口付けだった。



「……お帰り。みなみ。会えて超感動だよ」



「う…うん。な…何か久しぶりにご主人に会えてベロベロ舐め回すワンちゃんかと思った」


みなみは口の周りの唾液を床に落ちていたタオルで拭う。



「……お前なぁ。まぁ、部屋の事は色々言いたいが我慢しよう。…つか何でお前の部屋のゴミまで運んで来たんだよ」



「ゴミじゃないよ。宝物だよ」



「お母さんにはそういうのわからないから。全部捨てるよ!」



「あぁうっ、勝手に捨てないでよ。お母さん!」



ゴミ袋を持って、片端からゴミという名の宝物を回収していく夕陽母さんに、みなみが縋り付く。



「全く…。キスで籠絡するなんて高等テク使いやがって……」



「ぷぷぷ。それで籠絡されたクセにー」



「るせーよ!いいから黙って掃除しろ」



「もう。年末の大掃除にはまだ早いよ、夕陽さん」



みなみは文句を言いながら、それでも掃除を手伝う。

手伝うといっても、これは彼女が汚したのだ。



やがて最後の仕上げにフローリングをピカピカに磨いてようやく部屋は元に戻った。



「ふぅ…。何とかなったか」



額の汗を拭い、夕陽は力を失ったかのようにソファに座り込む。



「もう。折角居心地抜群だったのに」



みなみはゴミ一つ落ちてない床を見つめ、やや不服そうに唇を尖らせた。



「お前、前世「G」だったんじゃねぇの?」



「ギクっ…」



「ギクっ…じゃねぇよ」



夕陽はため息を吐きつつ、テレビの電源を点けた。


テレビはニュース画面が映り、ある芸能人の婚約報道が流れていた。



「トロピカルエースの乙女乃怜、一般人男性と婚約。近く婚姻届を提出か?」



「は?何だこれは」



夕陽は思わずリモコンを取り落とした。



「えー、嘘!早乙女さん、もう新しい彼氏いたの?」



「あ、そういえばお前、もしかしてまだ知らないのか?」



「え、何が?」



困惑するみなみに、夕陽はどう説明したものかと頭を抱えた。

それから野崎詩織の件を話したかったのだが、この乙女乃怜の件で全て吹っ飛んでしまった。



「しかしマジなのか?まさか相手、全く別の一般人じゃないだろうな…」













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