第126話

……円堂直生教授、論文盗用疑惑の渦中、行方不明に…


……妻は子供を連れて国外か?



それは古い雑誌や新聞記事だった。

かなりの年月が経過しているようで、頁の端は黄色く変色している。


テーブルに並べられたそれら、古い新聞記事を前に夕陽たちは困惑の表情を浮かべた。



「な…何ですか、これは」



先んじて発した夕陽を見て、さらさは静かに顔を上げる。

さらさと円堂殉の話をするのではなかったのかという三人の視線を受け止めて、ゆっくり口を開いた。



「私ね、幼い頃は花や植物の生態に興味あるがあってね。将来はその研究者になりたいって思ってたの」



「ええっ!?マジっすか」



「研究者ってカタい…いえ、何か森さんらしい夢ね」



幼い頃に思い浮かべる夢は人それぞれだが、彼女の夢はかなり現実的で、それがより彼女の真面目な気質の原点に思え、怜は内心妙に納得していた。


ちなみに怜は幼稚園の頃はずっとケーキ屋さんになりたかった。


好きなケーキを食べていられるから…という何とも安直な夢だが、そもそもケーキ屋というのは、ケーキを食べる職業ではなく、ケーキを客に売る職業だ。


どうせ書くならスイーツ専門のフードファイターとでもするべきだった。

そんな事を頭の隅で考え、怜は心の中でそれを恥じた。


そんな中、さらさの以外な一面を知り、夕陽たちは揃って複雑な表情を浮かべている。

彼らも怜のように、幼い頃の夢を思い出していたのだろうか。



「幼い頃って言ったでしょ。夢を思い描くより前に、ウチは母子家庭だったから家計を助けるためにすぐ劇団に入ったの。だからこの夢はただの憧れで終わったわ。でもね、その中でも憧れの先生がいたの」



さらさはそこで先程の新聞記事を指で示した。



「それが円堂直生教授。当時は植物の遺伝や生態系の第一人者だった。私は勝手に将来は東京へ出て、この先生のいる大学で研究のお手伝いがしたいって思うようになってたわ」



「ちょっと待ってください。円堂って…」



怜が訝しげに顔を顰めて見せる。

さらさは頷いた。



「あの頃の私の「推し」は、断然この円堂教授だったなぁ。クラスの子たちがアイドルで盛り上がっている中、私だけは円堂教授に夢中だった。先生は青い薔薇って知ってるでしょ?自然界にはないものを生み出す研究もしていたの」



「確か、薔薇やユリには青い色素を蓄積する事が出来ない…とかでしたっけ」



夕陽が天井の方を見ながら思い出す。

薔薇やユリ、菊、カーネーション等の花には青い色素であるアントシアニンを蓄積する事が出来ない為、青色は発現しない。


なので昔から世界でも青い薔薇とは、叶わぬ夢や不可能を表現する諺などにもなっている。


最近ではバイオテクノロジーの発展により、かなり青に近い品種が発表されるようにはなったが、どれも青というよりは紫に近く、誰もが認める目の醒めるような濃いブルーの薔薇はまだ実現出来ていない。



「その青い薔薇が先生の研究で実現可能だって言われてたのよ。他の青い色素を持つ花から移植する方法でね」



「え、マジですか?でもそんな話聞いた事ないんですが…」



夕陽は眉を寄せた。

それが確かなら、何らかのニュースにはなっているはずで、一度くらいは夕陽でも耳にするのではないだろうか。


さらさは静かに目を伏せた。



「その論文を発表する前に、ある事件が起きたのよ」


「事件?まさかそれが…」



そこで夕陽はテーブルの上の記事に視線を落とす。



……円堂教授、論文盗用疑惑。

内容は数日前に野崎教授が提出した論文に酷似……



記事の内容を詳しく見た夕陽たちは言葉を失った。



「円堂教授がこの論文を提出するより前に、他の先生が論文を提出していたの。それも同じ内容で」



「……酷ぇ。そんなの先にやったモン勝ちじゃないっすか」



その悪質なやり口に笹島も憤りを隠せない。



「でもどちらが先かなんて、俺らも含めて部外者にはわかりようがないですよね」



「円堂教授が正しいに決まってるじゃない。この男は昔、教授の研究を手伝ってたのよ。私のように教授に憧れて」



「………」



「円堂教授はその後、大した弁明もせずに大学を去ったわ。学会からも追放になった」



円堂教授はどんな気持ちで全てを捨てて去ったのだろう。

それを思うと夕陽は知らずにため息が溢れた。



「彼の家族もバラバラになったみたいね」



怜がその時、何かに気づく。



「ねぇ、もしかしてこの「野崎教授」って…」



夕陽もさらさの顔をじっと見た。



「ええ。私もそれが気になって皆を呼んだの。私の心当たり、円堂と野崎詩織との接点がこれよ」



それぞれの顔から表情が消えた。








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