第125話

「はい、耕平くん♡お口開けて」


「ハ…ハイっす」 



「………………」


「………………」



目の前で繰り広げられる、俄には信じ難い光景を前に、夕陽とさらさは引き攣った顔で機械的にパスタを口に運ぶ。

自分で調理しておきながら、最早味なんてサッパリわからない。


今日はさらさが野崎詩織の件で相談したい事があるという為、さらさの他に詩織と面識のある笹島を夕陽のマンションへ招いたのだが、そこに何故か怜までついて来てしまったのだ。


そこで二人が交際を始めた事を報告され、夕陽は早速度肝を抜かれた。


さらさの方は、既に怜に彼氏がいる事までは知っていて、その相手も誰かは薄々勘付いていた事から、夕陽程の衝撃はなかったようで、多少は落ち着いていた。



夕陽は、何とか気を落ち着かせる為に、キッチンへ退却し、無我の境地でパスタを作ったのだが、早速甲斐甲斐しく笹島の世話を焼き始めた怜にまたもや動揺してしまう。



「美味しい?耕平くん」


「ハイっす。とっても♡最高っす」



何とも甘酸っぱい新婚ムード一色の二人に、夕陽はポツリと呟く。



「…………それ、俺が作ったんだけどな」



「王子っ、変につっかからない」



「いや、だって全然わかんねーよ。大体何でこんな事になってんの?ドッキリか?俺は騙されてるのか?」



すると笹島が額に汗を浮かべながら説明を始める。



「さっき説明した通りだよ。怜サマ……いや、早乙女莉奈さんが俺の彼女…だよ。うん」



「………嘘だろ。乙女乃さん、大丈夫ですか?コイツ、笹島ですよ。あの笹島。あなたの写真でハァハァしている笹島!」



夕陽の脳裏には、笹島がゲヘゲヘ笑いながら乙女乃怜のおっぱいマウスパッドを執拗にワシワシ握っていたり、水着の写真集の水着部分を指で隠し、全裸を想像してハァハァしている変態染みた光景が広がっていた。


友人ながら思い出しただけで鳥肌が立つくらい気持ちが悪い。


だが、怜はそんな話に耳を傾ける事なく、豊かな胸を笹島の腕に押し付けるようにして更に身体を密着させる。



「……それは付き合う前だったらまじ絶対無理超絶キモイけど」



「莉奈さん?」



「…でも好きになったら全部許せるかな♡」



「いやぁ、照れるっす」



「そこ、全然照れるところじゃねーし。つか笹島、一回殴っていいか?」



またラブラブし始める二人に夕陽はグッと拳を握りしめた。



「……もうどうでもいいわよ。好きにしてちょうだい」



さらさは静かに脱力し、すっかり老け込んだため息を吐いた。



「ね、どうする事も出来ないでしょ。アレと一緒に生活している私の身になってちょうだい」



「それはご愁傷様です。何ていうか…その、乙女乃さん、テレビでは男に貢がせてナンボな女王様キャラで通ってますが、リアルだとかなり尽くすタイプみたいですね」



「あ、わかった?まぁ、私も怜とそんなに付き合い長くないんだけど、大体いつもそれが過剰で別れちゃうみたいね。重いのよ」



「……うわぁ、はっきり言いますね」



夕陽はコッソリ二人には聞こえないボリュームでさらさに囁く。

さらさはげんなりした様子で頷いた。


あれから毎日のように、怜のお惚気話を聞かされ続けているさらさは食傷気味なようだ。



「ん?あれ、どうした夕陽。元気ないぞ」



それに気付いた笹島がこちらの方へ顔を向けた。

夕陽は慌てて話を逸らす。



「いや、何でもないさ。まぁ、お前に彼女が出来るなんて今でも信じられないが、良かったな。おめでとう。それも初めての彼女が推しアイドルなんてなぁ」


「王子の彼女もアイドルじゃない」



「まぁ、そうですけど。俺は推してないし、出会いもアイドルとは知らない、ただのクソ生意気なガキだと思ってたから、その辺りの熱量は違いますよ」



やはり笹島と怜の交際は未だに信じられない。

今でも友人が騙されているのではないかと半分疑っているくらいだ。


しかし目の前で幸せそうに恋人に寄り添う怜のはしゃいだ様子を見るに、信じるしかないのかと思い始めていた。



「それより俺らの会社ヤバいな。トロエーのメンバーの交際相手が二人いるって…」


「あはははっ、俺もそれ考えたわ。夕陽の時も思ったけど二人って凄いよな。後は森サラ、ウチの社長とかどうっす?今年の春の人事で長男に代替わりしたんすけど、確かバツイチ独身っすよ。歳も40で脂ノッてますぜ」



「…笹島さん、市中引き回しに処されたい?」



さらさが凄みのある顔で笹島を凍りつかせた。


「ヒィぃぃっ!スンマセンした」



「あら、でも確かに若い社長さんよね。森さん、いいんじゃないの?この際、紹介してもらったらどうです」



怜が笹島の横から口を挟む。

さらさは盛大に顔を顰めた。



「もうミドルクラスの男はゴメンよ」


「ん?何です。もしかして森さん、そんな相手と付き合ってたの?」



怜は初耳とばかりに更に顔を寄せて来た。

笹島の方はどうしていいかわからずに、ただ顔を赤く染めて小さくなって固まっている。


付き合っているといっても、まだ免疫は出来ていないようだ。


するとさらさは真顔になり、静かに周りを見渡した。



「…実は今日話しておきたかった事は、その辺りも関係してるの。本当は話したくなかったし、知られたくなかったけど、円堂と野崎詩織さんを結ぶ心当たりを説明するには避けて通れないから……」


「森さん?」



夕陽はさらさの様子に彼女の覚悟を感じた。

そして彼女はゆっくり口を開く。



「私ね、……今から三年くらい前に円堂と付き合ってた」










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