第124話「乙女乃怜side*キミは特別な人*」

「あぁ…もうカレシが好き過ぎてヤバい♡」



「は?」



キッチン横のサイドテーブルでどら焼きを食べながら家計簿を付けていた森さらさは、パックをしながら床にゴロゴロしている乙女乃怜を見て、思わず聞き返す。



「怜、まさかもう彼氏出来たの?」



「えぇ〜?ウン……。何かもう過去イチ好きかも…」



「はっ、ははっ…。何よそれ。今度はどんな相手よ。俳優…若しくはアイドル?写真家?もしかして政治家とか?」



さらさはこれまでの怜の男性遍歴を思い浮かべながら挙げていく。

いつも思うが、かなり豪華なラインナップだ。

しかし怜は首を振る。

その時、彼女の耳に見慣れぬイルカのピアスが光って見えた。



「普通の会社員ですけど?」



「えぇっ、あんた一般男性は眼中にないって言ってたでしょ?どうしたのよ」



さらさはどら焼きをポトリと落とした。

確か怜は自分の恋愛対象をセレブか芸能人等、自分を高めてくれる相手に限定していたはずだ。



「あー、もうそこに拘る理由がなくなったんですよね。吹っ切れたら他に目が向くようになったっていうか」



「信じられない。その人、余程お金持ちで超絶イケメンなのね」



「いえ、社会人としてもペーペーだからお金は全然ないと思う。顔もあたしは好きだけど、そんなにイケメンでもないし。それに24だけどキスもした事ない童貞よ。趣味はアイドルとアニメみたい…」



「………それ、どこに女の子が好きになる要素あるのよ」



そう言いながら、24歳童貞でアイドルとアニメ好きという項目を聞いて、さらさの脳裏にある人物像が浮かんだが、無理矢理振り払った。



「あたしもねぇ、最初は全然好きじゃなかったし、あり得ないって思ってたの。だから一応付き合うってなった時も、まぁ時々話したり会ったりする程度でいいよねって感じだったのね…」



「へぇ…」



いつの間にかさらさは、家計簿を横に置いて怜の話にのめり込んでいた。



「そのうち飽きて自然消滅するって思ってた。だけどね、彼、今までの彼氏と全然違ってすっごく優しいの。いつもあたしの事一番に考えてくれるし、して欲しい事とか口にしなくてもやってくれるの。そしたらね、もう一気に「好きっ!」ってなっちゃって、コントロール出来ないくらい気持ちが溢れちゃうんです」



「へ…へぇ。そ…そうなの」



怜は頬を染め、完全に恋愛モード一色になっている。

一体この数日で何があったのだろう。



「あたし、これからは彼の為に生きるの。彼の為に仕事も頑張る」



「う…うん。そうね。頑張るのはとてもいい事だと思うわ。良かったわ。怜が元気になって」



一時は脱退まで危ぶまれた怜だったが、どうやら危機は脱したようだ。

取り敢えず、この恋の暴走列車のような状態はさて置き、さらさの心配は減った。



「はぁ…さっき別れたばかりなのにもう声が聞きたくなって来た。森さん、この時間に電話しても嫌われないかな…」



「好きにしたら?」



もうこれ以上、惚気にあてられるのは結構だと、さらさは肩を竦めて立ち上がる。



「お風呂入ってくるわ…」



「あ、はい。ごゆっくり。うん。やっぱり電話しよう」



怜はご機嫌で鞄からスマホを取り出した。




「私も本当に彼氏が欲しくなってきたわ…」



さらさは苦笑いを浮かべながら浴室へ向かった。







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