第123話

「あぁ、そうだ。莉奈さん、これ……」



店を出る前に笹島が小さな包みを怜へ差し出した。

手のひらに乗るサイズの、ピンク色の袋には赤いリボンが結ばれている。



「えっ?何これ」



「さっきコッソリ買ったんです。莉奈さんがこれ見て笑顔になってたの覚えてて、値段見たらこれなら俺でもイケるなって思って」



怜の顔がパッと明るくなる。

テレビで見ているとクールに見えるが、意外と顔に出るタイプなのかもしれない。



「ねぇ。開けてもいい?」


「はい。どうぞ。どうぞ」



怜は嬉しそうな顔でリボンを解いた。

中から出て来たのは、ブルー系のグラデーションが綺麗なパヴェピアスだった。


イルカの台座に着色されたジルコニアのダイヤが敷き詰められた可愛らしいデザインだ。



「これ……」


「あれ?もしかして違ってましたか」



怜は無言で首を振る。

そしてピアスをギュっと握りしめる。

その肩は微かに震えていた。



「莉奈さん?」



「もう………」



「モウ?」



「もうもうもうもうもう〜!耕平くん、どこまであたしの心鷲掴みにしたら気が済むのよ!もう、悔しい!アフロのクセに生意気!」


「アフロって………」



どうやら怜は両手で顔を覆い、全力で照れているようだ。



「これ、大切にするね…」


「安物っすから、使ってください」



笹島は荷物を抱え、空いた方の手で怜の手を取った。



「…………何か初めてカレシが出来た時みたいにドキドキする」



「?」



「…何でもないっ」



       

        ☆☆☆



出来るだけ人通りの少ない道を選んで駅までの道を歩く。

この後、怜はタクシーで帰るが、笹島は地下鉄で帰る。


怜はふと、去年まで付き合っていた恋人の事を思い出していた。


同棲していた時期は半年くらいだった。

お互い不規則な生活スタイルで、会うのが難しいという事から始まった同棲だった。


優しいところもあったけど、上手くいかない時はキツく当たられ、何度も出ていこうとした。

それでも出ていかなかったのは、彼を盲信的に好きだと思っていたからだ。


そう思う事で、余計な事を考えずに済んだから。

よく考えなかったせいで、彼は他の女性と結婚の準備を着々としていたのだ。



「………許せない」



「り……莉奈さん?ちょっ…手、痛いんすけど」



急に繋いでいた手を握り潰すように力を込めた怜に、笹島はびっくりして顔を苦痛に歪める。


その時だった。

急にガツンと怜の身体に小さな衝撃が走り、ピタリと足が動かなくなる。



「え…?」



怜は恐る恐る自分の足元を見た。

すると、通気口の網目にブーツのヒールがスッポリ嵌っていた。

怜の顔が一気に青ざめる。


昔、別の俳優と付き合っていた時、これと同じ状況になり、軽く舌打ちされた上に捨て置かれた記憶が蘇る。


その後、置いて行かれるまいと靴をそのままにして片足を裸足で帰った苦い経験だ。


彼も同じく、自分を置いて去っていくのだろうか。



「どうかしたっすか?莉奈さん…って、えええっ、もしかして踵が嵌っちゃったんすか?」



異変に気付いた笹島はすぐに怜の足元を見た。



「うわぁ、ガッツリ嵌っちゃってるっすね」



怜は調子に乗ってお洒落に気合を入れ過ぎた事を後悔していた。



「…あのっ、大丈夫だから。自分で何とか出来るから貴方は帰っていいわ」



彼に失望されたくなくて、怜は必死で平気な様子を装う。

すると笹島は表情を緩ませた。



「こんなの全然大丈夫っすよ。任せてくださいって」



そう言って笹島はポケットからハンカチを取り出すと、それを怜の足元に敷いた。



「済みませんが、ここにブーツを脱いで足を乗せていてください」



「えっ?ええ」



言われるままに怜はブーツを脱いで、ハンカチの上に細い足を乗せた。



「よしっ、それじゃ…ぐぬぬぬぬっ」



笹島はしゃがみ込むと、赤い顔をしてブーツを引っ張る。

ヒールは根本まで深く嵌っていたので、中々抜く事が出来ない。



「こ…耕平くん。もういいわよ」



「待っててください。直ぐっすから。だりゃぁぁっ!」



笹島の渾身の力でブーツは無事に抜けた。

同時に反動で笹島が尻餅をつく。



「あいたたた…り…莉奈さん、抜けましたよ!」



笑顔でブーツを持つ笹島の身体が突然柔らかなものに包まれる。

甘い香水の香りを感じた瞬間、同時に唇を塞がれた。



「$♭★∞♩〜!?」



唇を離すと、怜の潤んだ瞳が視界一杯に映り込む。



「……好き。貴方が大好き」



「…………ま…」



笹島はわけがわからず、ただ目を見開いていた。

この日、二人は正式に付き合う事になった。

笹島にとっては24歳にして初めての彼女であった。



















これで笹島くんの恋は大体まとまったかな。

怜さん、蓋を開けてみると、みなみ以上にチョロインでしたね。

思えばメインカップルより甘い…。


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