第122話
「う〜ん。こっちは今年の秋冬の限定カラーだし、でもこっちはパッケージがキラキラしていて可愛いのよね♡ねぇ、耕平くんはどっちがいいと思う?」
デパートのコスメコーナーに彼氏に腕を絡めながら、甘ったるい声でショーケースを眺める女性がいた。
深めに被ったキャスケットに大きめのサングラス。白いファーコートにレースを幾重にも重ねたミニスカート、ニット素材のロングブーツを履いた、いかにもセレブ女子という格好の女性は乙女乃怜。
アイドルグループ、トロピカルエースのメンバーだ。
その彼女に腕を取られ、場違いな雰囲気を醸し出す冴えないヲタク男子は笹島だ。
彼はいつものトレードマークのアフロヘアに洗い晒しのジーンズ。グレイのパーカー、黒のダウンジャケットを羽織った没個性なスタイルで冷や汗を浮かべている。
「そそそそそ……そっすね、その…莉奈さんはピンクが似合うと思うんで、こっちがいいいいいいか…と」
「そう?あぁ、でも迷うなぁ。えいっ、両方買っちゃえ」
怜は嬉しそうな表情で店員へ声を掛ける。
それを見た笹島が尻ポケットの財布に手を掛けた。
「あ、莉奈さん。俺が出しますよっ!」
「え?気持ちはありがたいけど、結構よ」
「いやいやいや、今日の買い物だって俺何も出してないじゃないっすか。俺はヒモに成り下がる気はないっすよ!」
笹島は鼻息を荒くして胸を張る。
すると怜はクスクスと笑った。
「何?ヒモって。あはははっ。可笑しい!今までそんな事言う男いなかったわ。でも本当にいいの。さっきまでの買い物は貴方の家族への贈り物だったんし、それにこのコスメの値段見たら、そんな貴方の薄っぺらな財布が憐れだわ」
「へ?あっ……(げっ、ゼロの数、エグい)」
ショーケースに下げられた値札を見た瞬間、笹島の細やかな自尊心は砕けた。
「芸能人怖っ!今の俺じゃ、野球選手とアニメーターの年収くらい差があるよ……」
高校の頃、密かにアニメーターになる夢を持っていた笹島は、それを両親へ打ち明けた瞬間、父親に殴り飛ばされた事を思い出し、顔を歪ませた。
そこに会計を済ませた怜が戻って来た。
怜は当然のように自らの腕を笹島の腕に絡ませる。
「さて、行きましょう。あたし喉が渇いたわ。どっか落ち着ける場所に行かない?」
「はははははははハイっす!」
怜が佐野隼汰と別れて数日経った。
その間、怜は森さらさと一緒に事務所に謝罪し、何とか復帰を許された。
世話になった笹島家もその後、すぐに出て行き、現在は新しい部屋を借りるまで森さらさのマンションで共に暮らしている。
本格的な復帰は来月のテレビ番組からだが、もう仕事にはぼちぼち出ている。
今日はレコーディングスタジオでボイストレーニングをしてきたそうだ。
その後、笹島の会社が終わるのを待って、二人は初デートに出掛ける事になった。
笹島にとってはリアル彼女との初めてのデートである。
昨日はそれで緊張し、一睡も出来なかった。
☆☆☆
「それでね、こっちはご両親へお渡ししてね。こっちのが祐悟さん達へ。それでこれが耕平くん。お仕事用のシャツとか小物があるから後で見てね…これで大体かしら」
立ち寄ったカフェで、アイスカフェモカを一口啜り、怜は嬉しそうに長い金色の巻き髪をくるくる指に巻き付けながら今日の買い物の内訳を説明する。
笹島の横の席には沢山の紙袋が占領している。
これは怜が世話になった笹島家の家族への贈り物だという。
笹島は即座に辞退したのだが、怜からデートを兼ねてと言われ、無碍には出来なかったのだ。
「本当に何も要らないっすよ。母さんもこんな事されたら後で返して来なさい!って怒り出しそうだし…」
「いいじゃない。そんな大した物じゃないんだから。耕平くんが上手い事言って渡してね」
「全然大した物じゃないし……」
笹島はチラリと紙袋を横目で見た。
袋を見ただけでもわかる。どれも一般人には中々手が出ないハイブランドの物ばかりだ。
「耕平くんって本当に変わってるよね」
「へ?どこがですか。まさかこのアフロがっすか」
笹島は自分の頭をモシャモシャと弄りながら眉間に皺を寄せる。
「違うわよ。だってこの一週間、あたしが毎日電話しても全然嫌がらなかったし、作ったご飯も美味しいって残さず食べてくれた。何をしても怒らなかったし、暴力も振るわなかった。こんな男の人いるのね…。知らなかったわ」
「り……莉奈さん、今までどんなバイオレンスな彼氏と付き合ってたんすか。俺はまぁ、色々未経験だからアレなんすけど、普通そんな事しませんよ」
笹島はコーラを一口飲んで冷や汗を浮かべた。
「あたし、業界の人としか付き合った事ないから……そんなものだと思ってた」
「莉奈さん……」
彼女はそんな男たちの勝手気ままな振る舞いの犠牲になり、心を病んでしまった。
だから今度は笹島がそれを癒し、支えなくてはならない。
心の中でそう違う笹島だが、ガラスに映る自分と彼女の差にやはり気後れしてしまう。
いかにもヲタクな容姿の自分と、変装していてもスタイル抜群で、何か周囲とは違うオーラを放つ彼女とでは明らかな格差がある。
笹島はため息を吐いた。
「はぁ…。俺も整形しよっかな〜なんて」
ついそんな軽口が出てしまった。
すると怜が驚いたように口からストローを落とす。
「ダメよ。それは。絶対ダメ」
「え?ダメっすか。あぁ、まぁするにしても金がないっすからね」
「そうじゃないの。………ただ、あたしは貴方の顔、結構好き…よ」
「ええぇっ?莉奈さん、目が悪いんすか?」
「違うわよ!失礼ね。とにかく耕平くんはそのままでいてよ。いいわね」
ビシっと人差し指を突き立てられ、笹島は顔を赤くして頷いた。
「は…ハイっす」
「ばか………」
怜はムスっとしながら、残りを飲み干した。
だが、そんな彼女の耳も赤く染まっていた。
このデート、もうちょっと続きます。
うむ。
主人公カップルより初々しいな、この二人。
怜さんは何かもうメロメロですね。
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