第121話
「ちょっと、じゃあこの子、みなみに悪質な書き込みでアンチを煽ってるネットストーカーの親玉って事?」
「親玉って……。まぁ、そうなんですけど。その辺りはみなみから軽く聞かされているだけで、あいつ警察にも相談してないみたいで…」
人気の無い深夜の公園で夕陽とさらさは顔を突き合わせ、ため息を吐いた。
二人の横にあるベンチには、まだ意識を失った野崎詩織が血の気のない顔で寝かされていた。
その身体には夕陽のコートが掛けられている。
一先ず円堂から彼女を引き離した後、しばらく彼女の意識が戻るまで待ったが、すぐに回復する気配がなかったので、公園に移動して待つ事にしたのだ。
「それよりも済みません。こんな時間まで付き合ってもらって」
さらさは腕を組んでいたのを外して微笑んだ。
「しょうがないじゃない。意識のない女の子と貴方を二人きりには出来ないし、かと言って貴方を帰して私が残っても、この子と私に面識がないから説明が面倒だわ」
「本当にスミマセン。さっきからみなみに連絡してるんですけど全然繋がらなくて。メッセージにも反応もないし」
夕陽はスマホを何度も操作してはため息を吐く。
「舞台の本番も近いから仕方ないわよ。明日は別の収録でみなみと一緒になるから、その時に私から話しておくわ」
「何から何までスミマセン」
「いいのよ。これもリーダーの仕事だと思えばね」
その時、ゆっくりとベンチに寝かされていた詩織が起き上がった。
「おっ、やっと意識が戻ったか」
「あら、良かったわ。まだ目覚めないなら病院へ連れていこうか迷ってたから」
「………………」
詩織は黙って二人の顔をそれぞれ見上げると、続いて自分の身体に掛けられていたコートを見た。
夕陽は素早くそれを回収する。
「何であんたがいるの?真鍋夕陽」
「偶然だよ。別にあんただから助けたわけじゃない」
「…………」
詩織はムッとした顔で夕陽を睨みつける。
「ねぇ、貴方本当に大丈夫?どこか痛いところはない?」
さらさが心配そうに詩織に駆け寄る。
すると詩織は少し耳を赤くして頷いた。
「へ……平気です。多分スタンガンでちょっと火傷した程度だと思うし」
「えっ、スタンガン?何よそれ。ちょっと見せて。あ、王子は横向いてて」
スタンガンと聞いただけで犯罪めいた匂いがしてきた。
さらさがキッと夕陽を睨む。
「お…おぅ。了解。つか何で森さんだけに敬語なんだよ。俺も年上だっての…」
渋々夕陽は二人に背を向ける。
「あらっ、酷い痕が残ったら大変よ。やっぱりすぐ病院行きましょう」
「でも……病院は嫌…」
服を捲り上げた詩織は気まずそうに視線を泳がせる。
その肌には焼きごてを当てられたような黒い火傷があった。
「あの男、女の子にこんなエグい電流のスタンガン使うなんて随分ね…。許せないわ」
さらさは憤慨して鼻息を荒くしているが、詩織は緩慢な動作で立ち上がると、すぐにその場を去ろうとする。
「ちょい待ち。どこ行く気だよ」
「帰るわ」
「でも病院に行かないと…」
夕陽とさらさの呼びかけに詩織は応じず、そのまま何も説明すらしないまま立ち去ろうとしている。
「結構よ。こんなの大した事ない。放っておいて」
「なっ……何だよ。その言い方」
「王子、落ち着きなさいよ」
「くっ……」
夕陽は悔しげに唇を噛む。
「ねぇ、これだけは教えて。本当に身体は大丈夫なのね?」
「平気よ」
詩織はポツリとそう言って、そのまま公園を立ち去った。
その足取りに乱れはなかったので、本当に大丈夫なのだろう。
「……何かトラブルに巻き込まれてんのかな。あの女」
「明日、みなみに詳しく聞いてみるわ」
二人は顔を見合わせた。
「じゃあ帰りましょうか…何か疲れたわ」
「あ、今日はマジで済みませんでした」
さらさは笑って頷く。
「いえ、大丈夫よ。それより気になるわよね。あの子……。あの男、芸能事務所の社長で円堂殉っていうの。ほら、最近栗原柚菜と離婚報道が出てる…」
「え、栗原柚菜?」
夕陽は眼を見開く。
それと同時に脳裏に去年栗原柚菜が一般男性と結婚したニュースが蘇った。
「栗原柚菜と結婚したっていう一般男性って、そいつなんですか?」
「ええ。そうよ。結婚した当時は会社員だったみたいだけど、最近脱サラして芸能事務所を立ち上げたのよ。今悪質なタレントの引き抜きで何かと話題になってるわ。確かみなみも誘われたらしいわね」
「……みなみがですか」
夕陽は唇を噛み締めて俯く。
「何か嫌な感じがするわよね。あの男……」
さらさの言葉に夕陽は言い知れぬ不安を覚えた。
少し最終章を進めつつ、次回は笹島の初デートを書きます(^ ^)
付き合いたての二人の可愛い感じの話になるかと。
こっちの方は平和でいいなww
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