第119話
「ははは…そっすか。良かったっすね。想いが叶って」
笹島はどうにか声が震えないように、それだけ伝えるのが精一杯だった。
それでもどうにか笑顔を保つ事は出来たと思う。
すると怜がブランコを漕ぐのを止めて、地面に足を着いた。
着々と同時に高いヒールの硬質な音が、やけに耳に響く。
「でもあたし、断ったわ……」
「へ?…それはどういう事っすか」
怜の意外な言葉に笹島は動揺を隠せず、目を挙動不審に泳がせる。
「だから言葉のままよ。彼から全てわかった上で改めてプロポーズされた瞬間、確かに嬉しかったわ。今までの事が全て報われた気がしたし、遂に人生の試練に勝った!って思った」
「り…莉奈さん」
「だけどね、そこで気持ちが途切れちゃったのよね」
「途切れた?」
笹島の問いかけに怜は軽く頷くと、ゆっくりと笹島の隣の柵へ移動する。
「あたしが今の自分になったのは、綺麗になって彼を見返したかったからよ。いつか彼がテレビを見た時、偶然活躍するあたしを見て彼を悔しがらせたかった。あの時自分が振ったデブでブスの女の子がこんな人気アイドルになってたって……悔しがらせたかったの。 それだけだった。だけどそれがあたしの全てだった」
怜はずっとその一心で自分を支え、努力してしてきたのだろう。
笹島も自分の容姿に自信がある方ではないし、コンプレックスに思っている。
友人の真鍋夕陽のようにスラリとした長身に、やや長めで柔らかなライトブラウンの髪、高い鼻梁、形の良い唇、長い睫毛に縁取られた淡い色相の瞳に憧れを持っていた。
だが彼は逆にそれをコンプレックスに思っていて、その幼い頃から整い過ぎた容姿を奇妙に思われ、よく近所の子供やクラスメイト達にオトコオンナだと揶揄われていた。
全く逆のコンプレックスを持った二人だったからこそ、気が合ったのかもしれない。
高校で意気投合した笹島と夕陽は、その後同じ大学へ進学し、就職も同じ企業を選んだ。
就職先まで一緒なのは珍しいのではないだろうか。
その間も、モテる夕陽は告白されるまま数人と付き合って、それなりに青春を謳歌していたが、笹島には全くそんな機会は訪れなかった。
それをずっと自分の容姿のせいだと思っていたが、本当は違ったのかもしれない。
自分が尻込みせず、もっと相手に踏み込んでいけば、それまでの人生も変わったかもしれない。
それをしなかったのは自分が悪い。
怜や佐野は笹島と違い、努力して乗り越えた。
彼らは自分とは違う。
そんな事を頭の隅で考え、笹島は俯いた。
すると鼻の頭をツンと突かれる。
「ふにっ?」
「何勝手に暗くなってるの?大丈夫?」
「えっ、あ…だ……大丈夫っす。はい」
すると怜は肩を竦めて笑いだす。
「でね、それに気付いた瞬間、全てから解放されたあたしにはもう彼は必要じゃなくなってたの。それにね、別にあたしは彼を見返したかっただけで、もう付き合ったり結婚したいって思ってなかったし」
「…そ……そうなんすか?」
「ええ。だからこれからのあたしは仕事に生きるの!」
怜は笹島の鼻を突いた人差し指を夜空へ向けた。
まるで銃口を向けるように。
そのまま星でも射抜くような勢いだ。
「明日、事務所に謝りに行くわ。あたしね、事務所から解雇を言い渡されてるの。それを森さんが掛け合ってくれて保留にしてもらってる状態なの。だからダメ元でちゃんと謝罪して何とか復帰してみせるわ。完全復活した乙女乃怜を早く皆に見てもらいたいから!」
「うぉぉぉっ!怜サマ最高!もう一生ついて行きます!」
笹島も興奮して拳を夜空へ突き上げる。
もう怜は完全に立ち直ったのだ。
「ふふふっ。こんな吹っ切れたのは耕平くんのお陰ね」
「そんな…。全て莉奈さんが勇気出した結果じゃないっすか。俺は何もしてませんよ」
込み上げる想いが漏れないよう、笹島は敢えて彼女の方を見ないようにする。
するとそんな笹島の意表を突くように、怜が真ん前に回り込んできた。
「ねぇ、本当にあなたはそれだけでいいの?」
「はい?な……何がっすか」
目を逸らしたいが、怜の瞳の強さに中々逸らす事が出来ない。
「まだ誤魔化す気なの?あたしは明日には事務所に行くわ。そして上手くいけば近いうちに笹島家を出る事になる。この意味はわかるわよね?」
つまりはもうこうして怜と会う事はないという事だ。
そんなの言われなくてもわかる。
だけど笹島にはどうする事も出来ない。
「……………」
鼻の奥がツンとする。
そうだ。
言わなくては何も伝わらない。
怜はきっと自分に最後のチャンスをくれたのだ。
ここで男を見せるのは今しかない。
笹島は強く拳を握り締めた。
「あの……やっぱ、朝の告白の返事もらってもいいっすか?」
言えた。
やはり結果がどうであれ、何らかの区切りは欲しかった。
そんな想いからの言葉だった。
怜は静かに頷く。
「いいよ。じゃあ正直に言うね」
「は…ハイっす!」
笹島は腹に力を込めた。
「今の段階では耕平くんの事、一人の男性として見ていないわ。いい人だなとは思うけど」
「……そ…そっすか。ははは。そっすよね。うん…納得というか、わかりみーみたいな」
わかりきっていた事だった。
予想通りの返事だった。
頭の中がぐるぐる回り、手足の感覚すら遠い。
「あ、そろそろ戻らなくちゃ家族も心配するっすね!帰りますか」
そう言って、怜に背を向けて歩き出そうとする笹島に怜が再び声をかける。
「…それであなたはあっさり諦めるつもり?そんな軽い気持ちなの?」
「え?」
笹島は振り返る。
怜はこちらを激しい目つきで睨みつけていた。
「確かに今はまだあなたの事を恋愛対象として見ていないわ。だけどこれからあたしの目をあなたに向けさせる努力は出来るでしょ?そんな自信もないの?」
「り…莉奈さん」
怜は目元を赤くして目を逸らす。
「あたしをあなたから目が離せないくらい好きにさせて……」
次の瞬間、笹島は怜を抱きしめていた。
怜はゆっくりとその背に手を回す。
「するっす…。努力……」
「……ええ。期待してる」
「………」
「………」
二人の顔の間を白い吐息が漂う。
すると怜が少し不満そうな声を上げる。
「……しないの?」
「へ?な……何かありましたか?」
笹島は本気でわからず首を傾げる。
「普通、ここでキスするでしょ?」
「ヒョエエー!そ…そんな怜サマに、何て恐れ多い!ファンに殺されるっ」
「あのね、あなたの前ではあたしはただの早乙女莉奈なのよ。あなたの前では対等でいたいの…だからそんな事一々気にしないで」
怜の言動全てが可愛くて、笹島の心をキュンキュン突き刺す。
「…は……初めてのキスを推しと……マジか。ハァ…ハァ」
「ちょっと待って。あなた、まさかその年でキスも初めてなの?」
「………え?まぁ」
すると怜が半眼で睨む。
「もう、信じられない!あなた今まで何してたのよ」
「面目ない…」
ポリポリと笹島は後ろ頭を掻いて照れた。
「……仕方ない人ね。じゃあするなら早くして。いい加減寒くなってきたわ」
「あああぁっ、わかったっす」
笹島は慌てて怜の肩を引き寄せる。
色素を抑えた淡いピンク色の唇に視線が釘付けになる。
心臓の高鳴りを抑え、ゆっくりと顔を寄せていく。
こんな近くに推しアイドルの顔がある。
唇まであと少し…。
だが、不意に笹島の後頭部を何か獣のようなものが鷲掴みし、後ろに引き倒された。
「はっ?なっ?え?」
「中々帰って来ないと思えば、こんなとこで何してんだ。お前ら。それにあんた、芸能人だろ。こんなとこ、こんな愚弟と撮られたら社会的に破滅だぞ」
「あっ…兄貴!何でここに」
笹島を引き倒したのは、不機嫌な顔の兄、祐悟だった。
祐悟は黙って持ってきたストールを怜に掛けた。
兄はそういうところに気が回る男である。
「何でって、お袋が飯の支度出来たってのに、お前らが中々帰って来ないからだろうが」
兄は不快げに鼻を鳴らした。
「ほら、帰るぞ」
「……わかったよ。じゃあ、莉奈さん。帰りましょうか」
「ええ。そうしましょう」
怜は笑顔で笹島の隣に立って歩き出す。
二つの重なる影を見て、祐悟は口元に笑みを浮かべる。
「よくやったな。愚弟よ……」
さて、笹島くん編はこれで終わりですね。
皆様の予想した通りの結末だったでしょうか。
彼への熱いコメント、ありがとうございました。
笹島こそ表題のテーマに沿った主人公だったのでは…(´⊙ω⊙`)
彼の恋は私的には頑張りました。
この後もこの二人にはちょっと甘いエピソードを用意しているので楽しみにして頂けると嬉しいです。
笹島、まだ何もしてないですからね(^^;
しかしメインカップルのフィナーレはどうしよう。
決めている結末は何か笹島たちより弱いんですよね。
私は通勤や散歩等、歩いている時に話が浮かぶタイプなので、そのうち何か凄いものが降りてくる奇跡を信じて書いていきます。
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