第115話

「ねぇ、夕陽さん。朝ごはん、パンがいい?それともご飯?」



夕陽は幸せな表情で朝食を準備する恋人を眺めている。

目の前でヒラヒラと揺れるレースの間から覗く白い腿のラインが悪魔的に艶かしい。



「どうしたの、夕陽さん。もしかして具合悪い?」



すると、急に心配げな表情でみなみが夕陽に顔を寄せてきた。

フワリと香る甘いバニラフレーバーに頭がクラクラする。



「みなみ……俺は…」



甘い香りに誘われるままに、夕陽は彼女の細い腰を引き寄せ、顔を寄せる。

その濡れたように輝く唇は誘うように開いている。



「あっ、夕陽さん。…ダメ」



「ダメじゃないだろ……」



微かに開いた唇から白銀の歯列が覗く。

吸い寄せられるように視線が釘付けになる。

目がチカチカする。


急速に下腹部に熱が集まるのを感じ、欲望のまま彼女を押し倒そうとしたところで、バニラの香気が高まり、何かが頬にベッタリとくっついたような違和感に夕陽は目を覚ます。



「ふぁっ?あ、え?夢?……って、何だコレは」



起き上がると、枕元に甘い匂いを放つアイスのカップが逆さまに落ちていた。

頬を触るとベタベタして気持ち悪かった。



「さてはアイツめ、また寝ながらアイス食ってたな……」



怒りにアイスのカップを握り締めるも、隣には既に誰もいない。

みなみは年末から始まる舞台の通し稽古が始まった為、夕陽を起こさないよう朝早くに出て行ったのだろう。

最近はみなみのスケジュールが詰まっていて、中々二人の時間が取れない。

特にここ数日はお互いの寝顔しか見ていない状態が続いていた。


相手は売れっ子のアイドルなんだし、それは仕方ないのだが、せめて仕事に向かう朝くらいはちゃんと送り出してやりたかった。



「ダメなのは俺の方だよな〜。バカか俺は…アイスの匂いで………恥ずかしい」



朝から軽い自己嫌悪に陥りながらも、夕陽はフラフラな足取りで浴室へ向かう。



「ヤリたい盛りの中高生じゃねぇんだし。欲求不満なのか…俺は」



その途中、壁のカレンダーに目が行く。

明日の日付がハートマークで囲われているのが目に入った。

そこには「みなみの誕生日」とある。


勿論みなみ本人が書き入れたものだ。

それを見て夕陽は微かに頷く。



「ふぅ……明日か」




        ☆☆☆



「あら、こんなトコにニキビ。みなみちゃん、もしかして欲求不満なんじゃないの?」



舞台稽古の途中、奥の広間で休憩し汗を拭っていると、横からすっと手が伸びて頬を刺された。


「うひゃっ?なっ……何ですか。道明寺さん」



不意打ちのような攻撃にみなみは頬に手を当てて振り返る。

そこに立っていたのはご機嫌な顔で人差し指を一本立てている道明寺限竜だった。


彼もこの舞台に出演しているので、嫌でも毎日顔を合わせる。

みなみは不快感たっぷりに限竜の憎たらしいくらい整った顔を睨みつける。



「あら、怖い。でもアナタ、見てくれを売り物にしているんだから、日頃のケアは大事よぉ♡」


そう言う限竜の肌は年齢を感じないくらい肌理が細かく張りがあり、ツヤツヤ輝いて見えた。

どうその肌を維持しているのか知りたいくらい綺麗だった。



「うぐっ。夜中のアイス止めないとなぁ〜」



自らの頬に手を当てると、ややカサついている。

みなみはガッカリしながらポーチに入れていた乳液と化粧水を取り出す。

これはどちらもデビュー時から世話になっているメイクさんに貰ったものだ。



「なぁに〜、もしかしてあのカレシくんと上手くいってないとか?」


「違います〜。それにカレシなんていないですし」


コットンに化粧水を含ませ、ポンポンと顔に馴染ませながら、みなみは舌を出してやる。



「あら、可愛くない。でもこのところスケジュールキツキツだから愛しのダーリンに愛されてないんじゃないの?」



「そんな事ありません!夜は一緒に寝……はっ!」


みなみは口元を覆うがもう遅い。

限竜はニヤニヤ笑いを更に深め、みなみの手からコットンを奪い取る。



「あらら〜。お熱い事で♡でもただ一緒に寝るだけじゃオトコは色々満たされないの知ってるでしょ?」



限竜はみなみの顔に優しい手つきで化粧水を染み渡らせていく。

まるで美容家のような手つきだ。



「セクハラ演歌オヤジ……」



「ふふふ。もっと言って頂戴♡」



「変態変態変態変態変態変態ー!」



「オホホホっ、気持ちいいわぁ。滾っちゃう♡」



「きぃぃぃっ。ムカつく!」



どうもこの男と話していると頭が痛くなる。

みなみはテーブルの上の私物を手早く片付けると、席を立った。



「あ、みなみちゃん」



「何ですかっ?」



もうこれ以上、そのニヤついた顔を見たくないというのに呼び止められて、みなみは不快げに振り返る。



「明日はアナタの誕生日でしょ?役者陣、皆でお祝いするらしいから、カレシくんと過ごせないわねぇ」



「え?あ…あぁ。明日、私の誕生日だったんだ。忘れてたな」



みなみは呆けたように呟く。



「あらら。どうやら本気で忘れていたようね。大丈夫?」



「なっ…何がですか。それから彼氏なんていないんですから、関係ありません」



そう言ってみなみは強引に会話を断ち切ると、また何か言われる前に駆け足で去って行った。


残された限竜は肩を竦めた。



「彼氏がいないって、まだ言うのね」

























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