第112話
「森さんは自分の力で乗り越えたって事?強いなぁ」
夕陽はさらさとの顛末を簡単に二人に話した。
この事は笹島にはすでに話しているので、彼は言葉を挟まず、ひたすら一十から寄越されるシャリだけの寿司を処理する作業に没頭している。
だが、意外に一十がハイペースで平らげていくので、笹島の皿はシャリの交通渋滞が発生していた。
因みにまだ彼はシャリしか食べていない。
怜は夕陽の話を聞いて何か感じ入ったようにため息を吐いた。
「あの子はしっかりしているからね。ボクやキミと違って」
一十はプリンと茶碗蒸しを交互に食べ比べながら頷く。
それを見て、傍目に気持ち悪くならないのだろうかと、夕陽は内心冷や冷やしていた。
「……先生〜」
怜は泣きそうな顔で一十を見る。
「問題児だったからね。ボクも若い頃はよく怒られていたなぁ。だから中々事務所の寮から出してもらえなかったよ」
「も…問題児。一体どんな事したんですか?」
「こらっ、笹島」
「いいよ。いいよ。別に大した事じゃない。あの頃は初めてレーベルと契約して、事務所に所属したばかりでね。その頃ボクは仕事に行き詰まると、勝手にフラフラあちこち放浪したりして、よく連れ戻しに来たマネージャーに叱られていたよ。それで寮に入れられたんだけど、やっぱり無断外泊を繰り返して叱られたな」
「………じ…自由な人だ」
一体その間、どこで過ごしていたのか気になったが、夕陽はそれを敢えて飲み込んだ。
「もしかして莉奈さんも無断外泊してたんすか?」
「あたし?あたしは寮に入ってないから好きにしてたけど。…そうね、ヤバい人と付き合ってた時、事務所から警告されたかな。それから束縛超キツい彼氏が部屋から出してくれなくて、生放送に間に合わなかった事とか…」
「げっ。お二人ともかなりヘビーな経歴をお持ちで」
笹島は縮み上がりながらシャリを噛み締めている。
怜の言う、ヤバい人というのも気になったが、これも敢えて聞かない事にした。
聞くと後悔しそうな気がしてならないからだ。
「でも森さらさは変わったよね。今はしっかりリーダーしてる」
「そうですね…。本当に」
あの山小屋での出来事は忘れられない。
さらさが描く理想が他人にもわかるくらい形になってきたのだろう。
「言い方は悪いけど、使い捨てのような世界で仕事を得るのはとても難しい事だよ。今はテレビ以外にも活躍の場は広がっているけど、多くの人間の目に止まるのはそれ程多くない。その狭い枠を取り合うようにして僕らは生きているんだからね」
一十の言葉には重みがあった。
多分、一十は怜が解雇処分を受けた事を知っての発言なのだろう。
夕陽は笹島から軽い説明だけ受けているが、何故そんな重い処分を受けたのかは知らない。
だからこの場では話せない事も多いのだろう。
目の前で明るく振る舞う怜を見ていると余計複雑な気持ちになる。
「だからキミはそんな森さらさの期待に応えなくちゃいけないよ?」
一十はそう言って、優しく微笑んだ。
「一十先生……」
「大丈夫?莉奈さん」
「ええ。大丈夫。あたし…ちゃんと考えてから答えを出します。だからもう少し……」
「いいよ。こっちは大丈夫。だから一度しっかり休んで、これからの事をじっくり考えなさい」
「はい…。ありがとうございます」
「うん。いい返事だね。じゃあ気を取り直してお寿司追加しよう。ボク、このツナコーンの上だけ5皿食べたいな。いいかな?笹島くん」
「ご…五皿っすか!?…は、はい。遠慮なくどうぞっす」
ようやく全てのシャリを胃に収めたところの五皿追加に笹島が目を白黒させる。
しかし目の前の天使のような笑顔で微笑む敏腕プロデューサーには勝てない。
笹島は力強く頷くしかなかった。
「おい、マジで大丈夫なのか?俺は手伝わねーぞ」
「ら…らいろーふ(大丈夫)」
夕陽は必死にシャリ地獄と戦う笹島を哀れな者を見る目で見送りつつ、大トロを頬張った。
「耕平くん、あんたネタよりシャリが好きなんて変わってるのね。折角だからあたしも協力してあげるわ。ちょうど良かったわ。炭水化物あまり摂りたくないし」
そう言って怜が笹島の方へシャリだけになったえびアボカドの寿司の残骸を寄越してきた。
「ぐはぁっ、れ…怜サマの食べ残し!」
笹島はそれを両手で掲げるように持って瞳を輝かせている。
「バカに付ける薬はないな……」
夕陽はため息を吐いた。
結局その日、笹島は酢飯しか口にする事はなかった。
だが、その顔は実に幸せそうだった。
それからまた数日後。
怜はある決断をする事になる。
それは笹島にとっても運命を揺るがす決断となるのだろうか。
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