第111話

「わぁっ、プライベートで初めて来たわ。回転寿司!」



店内に入った瞬間、怜が感動の声をあげる。

ここは都内にある回転寿司店だ。


皆で遊びに行くと言って、怜が夕陽たちを連れてきたのが、このファミリー層向けの回転寿司チェーン店だった。


広い店内は各客席が個室のように一つ一つ、区切られており、一定のプライバシーは守られているので、ここを選んだのだろう。


中は数人の家族連れやカップル達で賑わっているが、誰もここに芸能人が来ているという事に気付いた様子もなく、それぞれの話に夢中になっている。



「な…何故、回転寿司……」



半ば強引に連行されたような夕陽は、ただただ目の前の光景に絶句していた。


そんな彼の後ろから、呑気な声が聞こえる。



「本当だねぇ、ボクも初めてだよ。回るお寿司屋さん」



「………って、何でこんなところに貴方まで来てるんですかい、秋海棠さん!」



「え、いいじゃない。この面子だと真鍋くんが緊張すると思って、ダメ元で一十先生に連絡したらオッケー貰えたんだから」



「余計緊張するわい!」



「まぁ、まぁ。夕陽、声が大きいぞ。落ち着いて」



「笹島、そういうお前こそ何で座敷でもないのに靴脱いでんだよ。さてはめっちゃ緊張してるな…」



当初は怜と夕陽と笹島の三人だったはずだが、移動のタクシーの中、怜が秋海棠一十に連絡を取ったのだ。


因みにスマホは昨日、怜のマネージャーから返却してもらっている。


怜は緊張してガチガチになる夕陽を見て、他にも誰か呼ぼうと提案し、車内で片っ端からスマホに登録されている芸能人を誘い始めた。


夕陽が更に緊張するから止めろと言っても、怜は聞く耳を持たず、嬉しそうにトロピカルエースの曲を鼻歌で歌いながらスマホを操作する。


最初はトロピカルエースのメンバー達だったが、彼女たちは揃って来月から始まる舞台の衣装合わせで都合がつかなかった。


次は何と野球選手だった。

しかし彼は去年、アメリカのメジャーリーグへ行っており、当然日本にすら居なかった。


その後も美容家や音楽家、有名司会者等、色々手当たり次第連絡し、ようやく捕まったのがトロピカルエースのプロデューサー、秋海棠一十だったのだ。



「大物プロデューサー、そんなに簡単にホイホイ来るのかよ……」



一十は急な誘いにあっさり応じ、すぐに合流した。



「今日はボク、暇だったからね〜。それにあまり仕事したくないんだ」



「あ、それは俺っす」



妙なところで笹島が同調する。

奴もかなり緊張しているようだ。


一十は白いスーツに薄い紫のシャツを纏って現れた。

こんな浮世離れした恰好で待ち合わせ場所に立っていたら悪目立ちするはずだが、何故か存在感が希薄な彼は周りの空気に溶け込み、近付くまで気付かなかった。


顔色はいつもの事なのか白く、全く覇気が感じられないが、幾分ふっくらしていて、夕陽が会った時より健康状態は回復したようだ。



四人は奥の座席に座ると、早速それぞれオーダーを開始する。


最初は戸惑った夕陽も、少し落ち着きを取り戻し、オーダーを入れていく。



「そういえばキミは前に会った事があるよね。確か……鍋島くん?ウチでデビューしたいって言ってた」


 

「ぶっ……、色々違ってます。俺は真鍋夕陽です。それからあの時は森さらささんの件で伺ったんです」



「あ〜、そっか。そっか」



のほほんとした様子で一十はホワホワ笑っている。

夕陽の脳裏に、お茶を出すといってカップ麺を出してきた一十の満面の笑顔が蘇った。



「おい、それ何だよ。夕陽、お前もしかして秋海棠さんと面識あるの?」



笹島が血走った目で夕陽に迫る。



「近いっ!近いって、あれは週刊誌に撮られた時にちょっと相談しに行っただけだよ」



「あっ、その話詳しく聞きたいわ。確か山籠りしてたんでしょ?あれから森さんの雰囲気変わったのよね。急に色々気遣ってくれるようになったし…」



怜も興味津々で身を乗り出してくる。

思えばあの時からさらさの様子が変わった。


入院していた怜の見舞いにも頻繁に来るようになり、佐野隼汰の家に転がり込み、乱れた生活でボロボロになっていたところを連れ出してくれた。


彼女の助力がなければ、笹島一家と出会う事もなかったし、こんなに早く回復する事もなかった。



「…わかりましたよ。話しますって」



夕陽は冷や汗を浮かべながら、当時の事を思い出す。



「あー、ボクさぁ、生魚ダメなんだよね。後、酸っぱいご飯も苦手なんだ」



「……それで何で寿司屋、オッケーしたんですか」



メニューを眺めながら、一十の会話をぶった斬るような発言に夕陽は肩を落とす。



「あ、じゃあこの和牛の寿司はどうっすか?お肉大丈夫ならシャリは俺が担当しますから」


「本当?うん。肉は好きだよ。じゃあお願い出来るかな」



「ハイっす。任せて下さい」



笹島は張り切ってオーダーを入れる。



「鍋島くんも好きなの頼みなよ。ボクがご馳走するから♡」



「真鍋です…」



こうして、よくわからない会食が始まった。














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