第109話

「あたしね……昔は凄く太っていて、顔も全然違って不細工だったの」



「え…マジ……で?」



笹島の動揺を見て、怜は寂しげに頷いた。



「だから言ったでしょ。あたしは絶対人を外見で判断しないって。外見で辛い思いをしてきたのはあたしも同じだから」



「莉奈さん…」



「それでクラス中からいじめられていたわ。豚だの肉まんだのって、ホント今思えば馬鹿馬鹿しい…って、ちょっと何なの?」



急に笹島が怜の頭を撫でてきたので、驚いた怜は意味がわからず困惑する。



「いや…その。本当は抱きしめたいな〜とか思ったんだけど、それは色々マズイから頭にしたんす」



「意味がわからないんですけど?」



「マジ、スミマセンっす」



怜は警戒するように笹島から距離を取った。

まぁ、当然の反応だろう。

だが笹島からすると、目の前の怜が急に頼りない小さな女の子に見えたのだ。

だからつい衝動的に守る意味で抱きしめたくなった。


しかしそれを上手く説明出来ないのが笹島である。

逆に警戒されてしまったのは大きな誤算だ。



「でも、莉奈さんが太ってたなんて信じられないっすよ。そんなに細いのに」



「ふふっ。努力したからね。今だって二の腕や脇腹に肉割れの跡があるのよ。あれっていくらケアしても白く筋のように残っちゃって消えないのよね…って、何スマホの画像拡大してんのよ!」



「いや…大きくしたら見えないかなって」



「サイテー」



「ぐはっ…もっと言って、怜サマ」



「もう。本当にバカなんだから」



怜は微かに笑みを浮かべた。

どうやら本当に怒ったわけではないようだ。



「そんなあたしでもね、好きな人はいたのよ」



笹島はその言葉に顔を上げた。



「あぁ、それがさっき来た人っすね」



「ええ。彼、佐野隼汰っていうの。彼は昔から勉強もスポーツも出来て女の子にモテてたわ。あの頃はあたしもミーハーなところがあったから、ちょっとカッコいい男子に普通に憧れてたの」



「なるほどー。今でも彼、イケメンですからね」



あの時、チラ見したくらいだが、確かに佐野隼汰は女性受けしそうな爽やかな顔立ちをしていた。


笹島にとってはスタジオミュージシャンという肩書きですら眩しく感じる。



「まぁね。それで身の程知らずのあたしは手作りのクッキーを持って彼に告白したわ」



「怜サマのクッキー……♡」



「…一々返しに困る反応しないでくれる?」



いつの間にか怜がこちらを怖い目で睨みつけてきた。

笹島は慌てて背筋を伸ばす。



「あはは。スンマセン。それで告白はどうだったんですか?」



「断られたに決まってるじゃない」



「え、莉奈さんの告白をっすか?」



「だからその頃のあたしは「乙女乃怜」じゃなくて、ただのデブでブスの早乙女莉奈だったのよ。彼はあたしの告白を受けて、言ったわ。自分とは住む世界が違うって」



「うわ……」



笹島は思わず口元を覆う。

それを見た怜はため息を吐いた。



「悔しかったわ。だけど、それがあったから今のあたしがいるの」



「莉奈さん…」



「それでお金貯めて絶対整形するって決めたの。高校からバイトが出来るようになってからはバイトに明け暮れてね…。バイトと日々のトレーニングで体重も落ちたし、これは嬉しい誤算だったわね」



怜は当時を思い出したのか、苦笑いを浮かべた。


「その後、彼は東京にある音楽の専門学校へ進学したって噂で聞いて、ずっと消息はわからなかったの。それがまさかこうして自分が名前と姿を変えてアイドルになった後で再会するなんて皮肉よね」



「え、もしかして佐野さんは莉奈さんが同級生だった事に気付いてないんすか?」



怜は頷いた。



「ええ。彼は気付かなかったわ。スタジオで初めて挨拶した時も初対面として接してきたわ。まぁ、皆の前だからという可能性もあったから、二人きりになった時も彼は気付く事はなかった。最悪な事にこちらが意識し過ぎたのかその内、彼は二人きりになると口説いてくるようになったのよ」



怜は鼻息を荒くして拳を握りしめた。

あの時、もしも彼が早乙女莉奈だと気付いてくれた上で告白してきたとしたらどうだったのだろう。


元々、彼を見返す為に整形し、綺麗になったのだ。

あの場で気付いてくれたなら、今とはもっと違う展開になっていたかもしれない。



「結局皆、綺麗で細い人が好きだって事よ。それ以外の人間は住む世界が違うの」



「莉奈さん、それは違うよ」



笹島が急に真面目な顔で怜の視線を捉える。



「えっ?な…何よ」



「俺は確かに最初は外見から入るかもしれないけど、最終的には心だと思うな」



笹島はナユタの事を思い出していた。

彼女は可愛くて、一目見た時から好感を持った。

だけど彼女を知っていく内に、それは恋愛とは違う事に気付いた。


つまりはそういう事なのだ。

誰が好きかは心が感じるもので、外見はその入り口に過ぎない。



「……じゃあ。あたしはどうしたらいいと思う?」


怜は戸惑いがちに尋ねてきた。



「うーん。やっぱり佐野さんにちゃんと言いましょうよ。自分はクラスメイトだった早乙女莉奈だって」



すると怜は頬をほんのり染めて俯いた。



「そんなのダメ。怖い」



「でも言った方がいいですよ。言わないからいつまでも踏み切れないんじゃないですか?」



「……それはそうよね。でも、それでガッカリされたら…」



「大丈夫っすよ。きっと上手くいきますよ」



笹島はにっこり笑った。

何の根拠もない笑顔だが、怜には何より心強い笑みだった。










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