第105話

「みなみちゃん♡これからゴハン行かない?」



「スミマセンが、行きませ〜ん♡」



「あら、つれない。じゃあ、また今度ね♡」



バラエティー番組の収録が予想外に長引き、気付けばテッペン(0時)を越えていた。


急いで撮影用のメイクを落とし、衣装を着替えて陽菜たちと一緒に楽屋を出たところで、声をかけてきたのが番組ゲストとして共演した道明寺限竜だった。


道明寺はバッサリ誘いを断られても、落胆する事なく、乙女の祈りポーズでクネクネと去っていく。



「今度もねぇっつの!」



みなみは悪態をついて舌を出す。



「あの人、かなり積極的なアプローチだけど、去り際はあっさりだよね」



陽菜が独特な歩き方の後ろ姿を見ながら分析するように呟く。


「ホント、勘弁して欲しいな〜。あの生放送から急に共演も増えてきて、ガンガン攻めてくるし。それにアイツ、本番では男っぽいけど、終わったらオネエじゃん…ワケわからん」



「事務所の戦略とかじゃないの?」



陽菜の言葉にみなみは顔を顰める。



「ねぇ、アイツの事務所ってどこ?」



「栗原柚菜の旦那のトコ」



「……あー。やっぱそっか。だったらもう近づかないわ」



二人は顔を見合わせると、それぞれタクシーに乗り込む。



「まぁ、あの社長の事だから何か戦略的なものがあってこっちに近付けてるかもしれないから、お互い気を付けよう?」



「了解」



陽菜はそう言って車に乗り込んだ。

栗原柚菜の夫、円堂殉が脱サラして立ち上げた芸能事務所「Sky blu」は、急速に成長していた。


話題の芸能人達を強引に引き抜き、そのやり口の汚さは業界内でも度々耳にする。

みなみは陽菜のタクシーを見送り、ため息を吐く。


「戦略ねぇ……」



         ☆☆☆



同日。

笹島家にて。



「な…何で家に怜サマがいるの?」



笹島はドキドキする胸に手を当て、何度も深呼吸した。


笹島がいる部屋は以前ナユタが使っていた客間で、今はそこに客用の布団が敷かれ、乙女乃怜が力なく眠っている。


見慣れた部屋で眠る怜は頬は痩け、顔も唇も本来の色を失い、まるで作り物のようだ。

これがあの笹島が焦がれたアイドル本人なのだろうか。



「一体何があったんですか?」



怜を客間へ残し、リビングへ戻ると兄夫婦と森さらさが深刻な顔でソファに座っていた。



「怜は心を見失ってしまったの」



「心を…ですか?」



笹島は兄に間に入り込み、身を乗り出す。

確かに家に来てからの怜は様子がおかしかった。

一言も口を開く事もなく、笹島たちの存在ですら目に入っていないように虚ろだった。


さらさは辛そうに客間の方を見る。



「実はね、怜は事務所から解雇を言い渡されたのよ」


「ええっ?」



笹島の顔から血の気が引いていった。

そして慌ててスマホを開こうとした手をやんわり止められる。


「あ、これはまだ外に出してないからニュースにはなってないわ。だから絶対口外しないで」


「おぅっ、う…うす」


笹島は緊張しながら首を縦に振った。

兄夫婦はやはりさらさから事前に聞いていたようで、あまり動揺はしていなかった。


「それにね、絶対に私たちは怜を見捨てない。必ずトロピカルエースに復帰させてみせるから。事務所にも掛け合って、この事は保留にしてもらってるの」



「………」



さらさの話は笹島には信じ難い事ばかりだった。

まさか自分たちの知らないところで、彼女がこんな苦境に立たされているとは思わなかった。



「それでな。しばらくの間、マスコミから遠ざける為に、ウチで面倒見る事になったんだわ。親父たちにはもう話してある」



「え、何だよそれ。何で俺だけ蚊帳の外なんだよ。しかも相手が怜サマだってのに」



「だからだよ。言ったらお前の事だから大騒ぎするだろ」



「……否定はしない」



兄の何もかも見通したような顔にムカつきはしたが、今も不謹慎にも叫び出しそうになっている事は内緒だ。


「本当にごめんなさいね。でも今の怜を一人にしておけないの。何もしなくてもいいからずっと誰か彼女の側にいてあげて欲しいの」



「森さら……さん」



「あ、更紗姉さん。そろそろ行かなくて大丈夫?」



その時、外に待たせている車からマネージャーがこちらを見ている事に気付いたナユタが立ち上がる。



「ゴメン、実はもう次の仕事があるの。申し訳ないけど、後の事は頼める?」



「任せて。更紗姉さん。何でも力になるって言ったでしょ」


ナユタは笑顔でさらさの手を握った。



「ありがとう。ナユタ。それでは笹島さん。怜をよろしくお願いします。また訪ねさせていただきますので」


「おぅ。こっちの事は気にせず行ってください」


祐悟も一緒にさらさを送り出した。

一人リビングに残った笹島はただ、混乱する頭を抱え、獣のように唸る。



「あぁぁ…あの怜サマとひとつ屋根の下って……これどんな世界線?」













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