第103話

「それにしても、アイドル歌手が息子の彼女だなんてねぇ…。今でも信じられないわ」



煎餅を齧りながら、母親がしみじみと呟く。



「そんな、お母様。そんな緊張されなくても大丈夫ですよ。ちょっと普通よりレベ値な息子さんの彼女だと思ってください♡」



「こらこら余計緊張させてどーするよ!」



みなみは夕陽の母と楽しそうに煎餅を齧っている。

知らない間にすっかり彼女は真鍋家に馴染んで寛いでいた。


今日はみなみがまた夕陽の実家に行ってみたいと言いだしたので、渋々帰って来たのだ。


まだ両親の方は息子の芸能人の彼女に慣れていないように見えたが、みなみの物おじしない性格に最近は打ち解けてきたようだ。


父はやはりこういうのが苦手なようで、早々に近所のギャラリーへ避難したようで姿が見えない。



「本当にここって居心地がいいですね。ウチはもう両親離婚していて、一応親権は父が持ってるんですが、何年も会ってないんですよ。母は再婚したみたいですけど」


「あら、そうなの?若いのに苦労してるのね」


「そんな、大した事ないですよ。でもだからこそ、私は夕陽さんのご家族と仲良くしたいんです」



「ありがとう、みなみちゃん。ウチに来る時は自分の実家だと思ってね」



「はい。ありがとうございます」



「みなみ……」



最初は自分の家族と上手くやっていけるのかと不安に思っていたのだが、杞憂だったようだ。



「あっ、そうそう。忘れるところだったわ。こんな時間じゃない。限サマの生出演が始まるわ」



その時、急に母がパチンと手を叩いて立ち上がり、テレビのリモコンを取った。



「ゲンサマ?何だそれ。韓流スターか何かか?」


まるで少女のように生き生きとした表情でテレビの電源をオンにする母親に、夕陽は困惑の表情を浮かべる。


「シッ!あ、ほら始まった。ジャストタイミング」



「……………」



テレビはお昼の情報番組が流され、ゲストのトークコーナーになっていた。

これは春の番組改変まではトロピカルエースが毎日生放送をしていた後番組になる。


「はい。それではこれから奥様お待ちかねのスター、道明寺限竜さんのトークに入らせていただきます」


「きゃーっ!限サマぁっ」


「何事!?」


ゲストの登場と同時に信じられないくらいテンションの高い悲鳴が母の口から発せられる。


「こんにちは。皆さん。道明寺限竜です」



画面では麻の着流しを粋に着た爽やかな男性が笑顔を振りまいていた。

レトロな好青年を意識したようなスタイルの中で、ピンク色の髪がやけに目立つ。


それを見た夕陽が何かに気付いたように指をさす。


「おっ、コイツ、この間の演歌歌手じゃないのか?」


演歌歌手、道明寺限竜。


31歳の遅咲きのデビューながら、主婦層を中心に「限サマ」の名前でブレイクしている演歌スターだ。


得意の流し目が武器で、ワイルドさとセクシーさで女性ファンを虜にしている。


そんな魅力に母も沼に堕ちてしまったというのだろうか。


「あれ、そうだっけ?もっとオネエっぽくなかった?」


みなみも顔を近づけて、道明寺限竜を確認する。


「絶対そうだって。上背もあるし、それにあのピンク髪っ!」


「二人とも、シーっ!」



母はテレビに集中したいようで、二人に鋭い目で睨みつける。



「……今は黙って見よ。夕陽さん」


「お…おぉ」



テレビでは、限竜の撮ってきた数々の写真と共にトークが進められている。


道端で出会った花や、猫、昔通っていた商店街の風景、部屋のお気に入りスペース等、彼のプライベートなトーク満載で、限竜は一つ一つ真摯に応えていく。

母はそれをキラキラした瞳で見ている。


まるでその姿は推しを愛でる笹島のようであ

る。


そしてトークはいよいよ最後の話題になった。


「それでは限竜さんに最後の質問です。理想の恋人像もしくは、好きなタイプはどんな女性ですか?」


「それそれ!それが一番聞きたかったのよ」



「聞いてどうするんだよ。全てが手遅れの土俵で……痛っ!」



横のみなみに脇腹を引っ張られ、夕陽は涙目で彼女を睨む。


「夕陽さん。今はお口にチャックだよ」


それが一番平和な選択だとでもいうようにみなみはボソッと夕陽にだけ聞こえるように呟く。


「へーへー」


夕陽はため息を吐くと、黙ってテレビを見た。

 

トークはいよいよ核心に迫ろうとしていた。

爽やかな好青年な笑顔で限竜は口を開く。


「理想っていうか、好きなアイドルはいます。ファンクラブにも入らせてもらってるんですよ」


「アイドルさんですか〜。もし差し支えなければどんな方か教えてもらってもいいですか?」


質問をする女子アナウンサーの瞳も、心なしか期待にキラキラ輝いている。


限竜は躊躇う事なく答えた。



「はい。構いませんよ。そのアイドルはトロピカルエースの永瀬みなみさんです。僕、めちゃくちゃタイプなんですよね」



「えーーー!?」



夕陽とみなみ、そして母の三人は同時に叫んだ。


「これ生放送だよな?」


「ちょっ、SNSが一瞬で「限サマ♡みなみん」で埋め尽くされてる!どうしてくれんのよ」



スマホを手にみなみは憤慨したように息を荒々しく吐いた。



「息子の彼女が限サマの………」



母も母で、大変なようだ。

夕陽は思わず顔を覆った。



「何なんだよコイツ……」














おおっ。

テレワークが終わった途端、忙しくなってきて更新が不規則になってきました。

何とか頑張りたいです(>_<)

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