第102話
「あっ、このアーティストのアルバムもう出てるんだ。後から配信検索してみようと思ってたけど、やっぱこっちで買っておこうかな。ジャケ写カッコいいし」
CDショップの一際目立つディスプレイを見て、夕陽は思わず足を止めた。
今日は久しぶりのみなみとのお忍びデートだ。
今回からは二人とも報道の目を意識して目立つ格好は避け、帽子を目深に被り、地味なアースカラーのシャツにジーンズ、その上に作業着専門店の防火パーカーを羽織ったお忍びスタイルでのデートだった。
夕陽が手にしたのは最近気に入っている海外のロックバンドのCDだ。
「なぁ、どう思う…って、お前、何やってんだよ」
自分の横にいると思っていたみなみに意見を求めようと、横を見た夕陽の顔が引き攣る。
何とみなみは自分たちトロピカルエースの新譜を勝手に一番目立つ棚に移動させようとしていた。
「えー、こっちの方が映えるじゃん。こんな冴えない演歌のCD置いとくより」
元々その場所には、演歌歌手の新譜コーナーとなっていて、派手な着流し姿の青年が流し目を送るジャケットのCDが並べられていた。
夕陽はその演歌歌手のパネルを見て、眉間の皺を深める。
「
「私も知らなーい。演歌とか聴かないし。流しの人かな。仕事でも見た事ないけど」
「まぁ、そんな事はいいからちゃんと元に戻せよな。こんなセコイ裏工作しなくてもお前らなら売れるだろ」
「うーっ。映えの問題だよ。映えの!」
そう言ってCDを並べ直そうとしている二人に背後から背の高い男が近寄り、みなみの手からヒョイと演歌のCDを取り上げた。
「そうそう。勝手にディスプレイ変えられたらお店の人も困るでしょ?」
「え?」
急に背後から声をかけられ、二人は同時に振り返った。
そこにはピンク色の髪がはみ出すニット帽にマスク、迷彩柄のパーカーにブラックのスキニー、ゴツいワークブーツ姿の男が立っていた。
背は178㎝の夕陽よりも高く、威圧感のある風体である。
「これ、中々ノれるイイ曲なのよ〜。アナタ達も一度聴いてみなさいな」
そう言って男はみなみの手にCDを戻す。
「ノれる演歌って……」
「道明寺限竜、新曲「白浪日本海」。アタシの超オススメよ。よろしくね」
そう言って、怪しい男は人混みの中に消えていった。
「何だったんだ?あれ」
「オネエみたいだったね。この演歌歌手のファンなのかな」
みなみは改めてCDジャケットを見てみる。
「どう見ても売れなさそうだよね…」
「だな。もしかしてあれ、本人だったりしてな」
「まさかぁ。あ、でもこれどうする?」
みなみは男から手渡されたCDをヒラヒラ振った。
「別に買わなくてもいいだろ。そんなの」
そう言って夕陽はみなみの手からCDを取り上げると、元の場所へ戻した。
「ふふふ。でもノれる演歌ってちょっと興味あるね」
「……まぁな。ま、別にどうでもいいよ。それよりこの後どうする?飯にするか」
「うん♡そうだね。私、クレープかかき氷食べたい!」
「それは飯ではなく間食だろうが!」
二人は楽しげに店を後にした。
道明寺限竜。
この怪しい演歌歌手の存在が後々二人の関係に大きな変化をもたらす事になるとは、まだこの時の二人にはわからなかった。
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