第101話

「てゆーかさぁ、お前が可愛過ぎるのが悪い……って何の乙女ゲー?」



社食のいつもの席で、笹島が謎の言葉を呟きながら、アフロを連獅子のように振り回している。


幸いなのか、相変わらず社食に人の姿は疎らで、その奇行に注目する者はいなかった。


 

「……俺が聞きたいよ。その薄寒い台詞、特にお前の口から聞くと鳥肌が止まらねぇな」


「酷っ!」



向かいでラーメンを啜る夕陽は、笹島から突然呟かれた寒い台詞にわけもわからず腕を摩った。


「いや、朝さぁ。兄貴たちが激しくイチャついてた時に聞こえたのがそれなんだけど…」



「聞くなよ…。そんなもん」



「壁薄いから聞きたくなくても筒抜けなんだよ。そんでさ、俺起きてっからって意味で壁蹴ったら、慌てた感じで半分服が脱げたナユタが出て行くのが見えた」



「お前、早く家出た方がいいぞ」



「うわーん!もしあそこで俺が動いてたら俺が言った台詞かもしれないんだなって思ったら泣けてきたぁ!」



「重症だな……」



先日、電撃的に笹島の兄が再婚し、その相手が森さらさの元義理の妹という事で夕陽もこれには驚いた。



「でさぁ、ナユタのヤツ、急に俺の事「耕平」から「耕平さん」呼びになるし、もうあちこちむず痒くなるっての。最初の頃の不思議ちゃんはどうしたんだよ…」



「お前に好かれたくなくてワザとそう振舞ってたのかもよ?」



夕陽はニヤっと笑った。



「みなみんとナユタは違います!」



「なっ…俺は最初から好かれてたよ。…多分」



今思うと初対面の時のみなみはかなり酷かった。

今も驚かされる事はあるが、それでもマシになった方だ。



「しかしお前の兄貴が「お前が可愛すぎるのが悪い」…かぁ。想像出来んな」


 

あのいかつい笹島の兄が、果たしてそんな甘い言葉を吐いたりするのだろうか。



「だよなー。俺も信じられなかったもんな。いやぁ、思い出しただけで寒くなる。つか夕陽もみなみん相手に言ってんじゃないの?」



「言うか!」



夕陽は再び鳥肌が浮かんだ腕を摩りながら、食べ終わったトレイを返却した。



「そういえば、そろそろ秋だよなぁ」



秋といえばみなみの誕生日がある。

去年は襲撃事件もあった事で、うやむやになってしまったが、今年こそはちゃんとまだ祝ってやりたい。


そんな事をぼんやり考えながら、夕陽は午後の業務へ向かった。



        ☆☆☆



灯りの消えた薄暗い室内に白い裸身が浮かび上がる。


それを男は咥え煙草で眺めている。



「……永瀬みなみはダメだな。中傷でアンチ煽っても、馴染みの記者に熱愛のネタ売り込んでも効果は無かった。大体あんなつるぺたなガキじゃ面白くねぇよ。なぁ、他のメンバーじゃダメなのか?名前何て言ったかな…あのおっぱいデケェ奴」



男の言葉に女の肩まで揃えた黒髪がサラリと揺れる。

差し色の赤いメッシュが暗闇でも鮮やかに映えた。



「ダメよ。それに約束は約束よ。あたしはあんたに対価を支払った。約束は必ず守ってもらう」



「わかってるさ。だが今の路線じゃ無理だな。あれはもっと別のアプローチで潰すしかない」



「どうするかは任せるわ。最終的にあの子が戻ればあたしはそれでいい」



女は手早く衣服を整え、最後に化粧を直すとすぐに出て行く。



「じゃあね。期待してる」



その言葉を最後に女は部屋を出た。



「ちっ。参ったなぁ…。しかし女の妬みは怖いねぇ」



男はベッドに大の字に寝転がった。




「やれる事は二つか。男と別れさせるか、アイドルを廃業に追い込むか…だな」












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