第99話

「俺が結婚してた事は聞いてるか?」



「……うん。耕平から聞いてる」


和菓子の二階にあるナユタの部屋に場所を移し、祐悟はポツリポツリと自分の過去を話し出す。


ここは以前、祐悟が住み込み時代に使っていた部屋だ。

中は八畳間の和室で、古びて毛羽立った畳や傷だらけの卓袱台、大きく重厚感のある和箪笥も当時のままだった。



「綺麗な外国の人だったって……」



膝を抱え、ナユタはチラリと彼の反応を盗み見る。

祐悟は少し照れたように軽く笑った。



「イリノイ生まれのアメリカ人だったよ。シカゴから語学を教えに日本に来てたんだ。店の通り沿いに見えるだろう?語学スクールの看板」


「……うん」


「そこが彼女の職場で、ウチの店には毎日のように和菓子を買いに来ていた」



祐悟は少し懐かしむように窓辺へ立ち、外の景色を眺めながら話を続けた。



「何度か店で話すようになって、二人きりで出かけるようになるまではそうかからなかった。そうしたらわりとすぐに向こうからプロポーズしてきてな。あの時は、今より若かったからな…。こんな綺麗な女と一緒になれるって事で頭が一杯になっちまって、後先考えず受け入れたよ」



今考えると、本当に熱病に浮かされたような日々だった。

まだ出会って数日。相手の事もよく知りもしないで一生の決断をしたのだ。

結婚とは勢いだと、誰かが言っていた気がするが、今ならもっと冷静な判断が出来るはずだ。



「これには親も驚いてたな。特に耕平なんかはいつも俺の後をくっついて回るくらい俺に甘えてたのに、結婚するって言った途端余所余所しくなった。まぁ、可愛い反応だよ。兄弟が結婚して自立するって事は、ある意味「他人」になるって事だからな」



「血が繋がってるのに他人なの?」



ナユタの反応に祐悟は頷く。



「あぁ。そうだ。別々の家庭になるって事だからな。例えば家族で何か問題が起きた時、それは家族だけの問題になり、他の人間…親や兄弟はそれに関われない。そういうもんなんだよ」


「ふぅん…。じゃあ耕平、寂しかったのかな」


「かもな。で、挙式はハワイで挙げた。その後な、急に彼女の様子が変わっていったんだ」


「変わった?」


「あぁ。旅行から戻ってすぐに口数も減って、元気がなくなっていった」



あの時は、挙式や旅行もあって疲れているだけだろうと思っていたが、彼女は日に日に弱っていった。


祐悟もそれが気になり、病院へ連れて行こうとした。



「さすがに気になって病院に連れて行ったら、彼女の妊娠がわかったんだ」



ナユタがパッと顔を上げた。



「赤ちゃんいたの?」



「まぁな。でも明らかにそれは俺の子じゃねぇ」


「えっ?」



「医者からは妊娠三週目だと言われたが、俺たちがガキを作るような事をしたのは旅行先での事だ。まだ一週間も経ってねぇ」



「………」



「俺は親には言わず、自分の子として育てようと言ったんだが、無理だった」



「それは血の繋がらない孫を両親に抱かせる事になるから?」



ナユタは自らの腹部を撫でる。

その腹はなだらかで、本当に子供がいるのかはわからない。

しかし、その話に自分を重ねているのかもしれない。



「いや。そうじゃねぇ。ただ、父親がな…黒色人種でな。多分優勢の遺伝子を持って生まれてくるだろうから、周りにも明らかに俺の子じゃねぇってわかる」



「……あっ」 



それはそうだろう。

白色人種と黄色人種の間に黒色人種が生まれる事は、それぞれの系譜に黒色人種の祖先がいて覚醒遺伝でもしなければ、あまり考えられない事だ。


これは子供の成長と共に後々大きな問題になるだろう。



「俺と結婚したのはその恋人と別れた後で、それを吹っ切る為だったらしい。騙されたとは思いたくねぇが、まぁそう取られても仕方ないよな。…で、何度も話し合いをしたが、結局彼女は国へ帰った。それからどうなったのかは知らねぇ」



当時、その事で家族と揉めて、沢山迷惑をかけてしまった。

出来ればしばらくは大人しくしていたかったのだが、今回またこのような形になってしまったのはもう仕方ない。



「その離婚から耕平は急に家族と距離を置いてアニメやらアイドルやらにのめり込むようになってったんだよな。それも俺のせいかもしれねぇな」


「祐悟……」



祐悟はナユタの頭に手を置いた。



「ま、図らずもこんな事になっちまったが、今回はちゃんとお前も腹の子も俺が守る。まずは籍だけ入れて、それから…病院だな。どうせ行ってねぇんだろ?しっかり検診して母子手帳作ろうぜ」



「でも、祐悟はそれで本当にいいの?」



ナユタは俯いた。

このまま、彼に頼ってばかりでいいのか迷っていた。



「いいさ。それで。なるようになるだろ。もう後からうだうだ考える事のないようにやる。それからお前はもう少し体重増やせよ。そんなヒョロヒョロじゃガキなんて産めないぞ」


祐悟はナユタの腕を掴んで立たせる。



「…はぁ。それにしても耕平には何て言ったらいいかな。参ったな。あいつお前の事気に入ってたし」


祐悟は顔を覆って悩ましげなため息を吐いた。



「なるようになる!…でしょ?」



「……だな」



ナユタは満ち足りたように祐悟の肩に寄り添う。

ここが一番居心地が良い。

自分だけの特別な場所になった。



「ねぇ、この子が生まれたら、今度は祐悟の子も作らないとね」



「………はぁ。これから頑張らないとなぁ」   



こうして笹島家に新たな家族が加わった。

笹島にとっては寝耳に水で、しばらく本気で寝込みそうになった。



















笹島くんの家のお話はこれでお終いですかね。

笹島くん本人の恋はどうなんでしょうね。

番外編で何らかの救済はしたいなとは思ってますが、このままの方が面白いような…( ̄◇ ̄;)


あら、次は100話だ。

次回はまた夕陽とみなみの本編に戻ります。







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