第95話

「それでは、真鍋夕陽くんの生誕24周年を祝して乾杯〜!」



少々硬めな口上に乗って複数のグラスを合わせる繊細な音が響く。



「おめでとう!夕陽さん」



「ありがとう。三人とも」



今日は夕陽の24回目の誕生日だ。

その前にみなみを両親へ紹介したり、森さらさとのスキャンダル騒動があったりと色々な事があった。


だがそれもひとまず落ち着き、こうして誕生日を迎える事が出来た。


 

「……それにしても。もう会う事はないんじゃなかったですか?森さん」



夕陽は胡乱げな目で、シャンパンを美味しそうにガブ飲みする森さらさを見た。



「え、私?いいじゃない。私達トモダチになったんだから」



「一体いつそんな設定になったのやら」



さらさとは先日の熱愛報道から始まる騒動から色々あったのだが、今はそれも落ち着いた。


「それより、これで王子とはまた一歳差ね。この調子でどんどん歳を重ねて、私を抜かしちゃってー♡」



「もう酔ってますね。この人…」



「あははは。森さん。一人でボトル空けちゃってるよ」



みなみはすっかり空になったボトルを呆れた様子で片付ける。


ここは夕陽のお隣さん、つまりみなみの部屋だ。

仕事帰りの夕陽はマンションの前で突然両サイドをエナとさらさに掴まれ、何一つ説明もされないまま、この部屋に連れ込まれた。


こうして強引に夕陽の誕生日サプライズパーティーは始まったのだ。


参加者はみなみとさらさ、そしてエナだ。

何と現役アイドルが三人も揃っている。


推しである乙女乃怜こそいないが、笹島だったらこの光景を見て卒倒するに違いない。


テーブルの上には様々な料理や菓子、ケーキが並んでいる。

出来合いのものや手作りのものまで様々だ。


しかし先程コップを取りにキッチンをチラリと覗いたのだが、そこはまるで廃屋で長期間放置されたような厳しい世界が広がっていた。


あれはきっと後で自分が始末しなくてはならないのだろう。


誕生日を祝われているのに、片付けは自分でしなくてはならない。そこにどこか憂鬱を感じる。

気分は「お母さん」だ。



「彼氏さん、彼氏さん。リーダー寝ちゃったよ」



「げっ…、早っ。マジか」



「リーダー、料理しながらチビチビやってたから、もうパーティー開始前からかなり出来上がってたよ」



さらさは「ばかやろー」を連呼しながら、うつ伏せでソファにあったトロピカルエースの抱き枕を抱き潰す勢いで締め上げていた。


まるで飲み屋で潰れるオヤジである。



「じゃあ、そんな彼氏さんにお誕生日プレゼントいきますね〜」



するとエナが何を考えたのか、突然さらさのスカートを掴んで捲り上げた。



「なっ!」


「夕陽さんっ、見ちゃダメー!」



飛び込んできたのは白と緋のコントラスト。


緋い繊細なレースに包まれた白いヒップラインが網膜に強烈に焼きついた。


不可抗力で見てしまった夕陽の目はすぐにみなみの手で塞がれる。



「おおっ、リーダー。オトナだ」



さらさは酔いが回っているのか、全く気付いていない。

それをエナはじっくり観察している。



「なっ…何て事するんだよ」



夕陽は慌てて側にあった膝掛けをさらさの下半身に掛けた。


エナはイタズラが成功した子供のような顔で笑い転げている。

とんでもない事をする子だ。



「リーダーのぱんつ、凄かったね。誰に見てもらいたかったのかな」



「ちょっとエナ!変な事言わないで。別にこんなの見たって私の夕陽さんは……て、夕陽さん何ぼんやり思い出してんの?」


ふと横を見ると、夕陽は心ここに在らずという様子で惚けていた。



「いやいや、…ゴホン。別に思い出してなんかいないぞ。別に緋いレースなんて」



「ダメだ。この人」



        ☆☆☆



「でもさ最近またみーちゃんの…というか、トロエーのアンチ増えてきてるよね…」


エナはスマホを眺め、肩をすくめる。

そこには心無い言葉で埋め尽くされたスレッドがいくつも立ち上がっていた。


「だよねー、森さんは有名税みたいなものだから気にしないで早く慣れろとか言ってたけど、つい見ちゃうよ」


みなみもうんざりした顔をしている。


ゲストルームに布団を敷き、何とか脱力したさらさを運んで寝かしてきた夕陽は、そんな二人を見てため息を吐いた。



「俺も見たよ。何なんだこいつら。余程暇なんだな」



「うん…。早乙女さんの書き込みもエグいよ。彼氏の事とか…」



怜は現在、大学病院の精神科で入院している。

その事でもまた色々書き込みが増えていた。



「何とかならないんだろうか…」



こういう事が重なり、また去年のような事件が再発したら大変だ。

下手したら今度は命まで失うかもしれない。


そんな不安を抱え、夕陽は二人を見た。















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