第91話
「ふぅ……。疲れたなぁ〜」
悪夢のような夕食を終え、夕陽はさらさに勧められるがままに浴室へ移動した。
この山小屋は薪で炊く風呂釜が完備されており、内装も一枚一枚海外製のタイルを手で貼った、かなり凝った仕様になっている。
早速身体を洗い、熱い湯船に身体を浸した。
そして大きく伸びをして強張った身を解す。
思えば今日は朝から一日大変だった。
早朝にタクシーでこの静岡まで移動し、事前にマネージャーに連絡してもらっていた山の所有者に挨拶をして、登山を開始したのが9時だった。
個人所有の山という事で、大したことはないと軽く見ていたが、実際登ってみるとかなりキツかった。
大体山登り自体、すっかり高校の頃の行事を最後に全く縁遠いものになっていた。
「確かに運動不足かもしれねーな。俺も少し走ったりするかな」
そういえば最近笹島は親に言われて、夜に軽いウォーキングをしているらしい。
自分も参加してみようか等と考えている時だった。
「王子、湯加減はどう?
浴室の曇りガラスに人影が映り、夕陽は思わず全身を湯に沈める。
「はわっ…、あ、え?森さん?」
「そうだけど、湯加減、どうなの?」
「あ、はい。快適です……」
夕陽は蚊のなくような声で応える。
無防備な姿でいると、どうも居心地が悪い。
夕陽は早くさらさが立ち去る事を強く願った。
「そう、良かった。じゃあ私も入っちゃおうかな♡」
「はぁぁぁっ?ちょっ……ええぇ?」
とんでもない台詞に夕陽は立ち上がり、素早く腰にタオルを巻き付け、浴室を飛び出した。
「あら、もう上がるの?」
脱衣所にはタオルを持ったさらさがこちらをキラキラした目で見ていた。
勿論着衣はある。
全身からお湯をポタポタ滴らせ、夕陽は恨みがましい目でさらさを見下ろす。
「…………」
「何、もしかして本気にしたとか?」
まるで小悪魔のような上目遣いでさらさはこちらを見上げてきた。
全力で落とすとは言っていたが、もしかしたら冗談ではなかったのだろうか。
「別に……」
ひしひしと底知れない恐怖を感じつつも、夕陽はさらさの横を通り抜けようとした。
するとさらさが微かに笑う。
「王子、隙あり!」
「は?……ひゃっ!?」
すれ違い様、さらさが夕陽の無防備な脇腹を人差し指でツンと突いた。
実は夕陽は脇腹が弱い。
絶妙な刺激に思わず身体が弓なりになり、ガクンと崩れていく。
「あっ……王子」
「も…森さん?…って、えええーっ!?」
気付くと夕陽はさらさに身体を支えられていた。
夕陽の色素の薄い柔らかな髪からポタポタ雫が滴り、それがさらさの白い顔に伝って落ちていく。
突然の接近にどうしていいのか、のぼせた頭では上手く考えがまとまらない。
その時だった。
浴室の扉が急に開いてみなみが飛び出してきた。
「森さん!あのドラム缶風呂、底に穴空いてたよっ。もう熱くて……て、二人とも何やってんの?」
二人は脱衣所の対角線側まで移動し、何故か正座していた。
「あはは。そ…そうか。お前あのドラム缶風呂入ってたのか」
夕陽は素早くスウェットを着込むと、ワザとらしい笑みをみなみへ向ける。
「そうだよ。山小屋っていったらドラム缶風呂じゃん。何で夕陽さん、入らなかったの?」
「何で決めつけてんだよ。それに壊れてたんだろ。そのドラム缶」
「そうなんだよ。だから森さんに助けてって叫んだんだけど、全然来てくれないし。私、全裸で抜け出して大変だったんだから」
「…………」
夕陽の視線にみなみは両手で胸元を隠す。
「想像するな!」
「はいはい」
「あれ、森さん。どうかしたんですか?ぼんやりしちゃって」
そこでみなみは、まだ隅で正座したままのさらさに声をかける。
「えっ?あっ。うん。どうしちゃったのかな。あははは。私、冷たい飲み物用意してくるね」
みなみの声にようやく我に返ったさらさは、立ち上がり、そそくさと二人の間を通り抜けて行った。
その耳は真っ赤だった。
「何か、森さん変じゃなかった?」
「…………そ…ソウカナ。フツウジャね?」
「そういうオマエも変だな?」
みなみは胡乱げな目に、夕陽は盛大なため息を吐いた。
「俺、もう帰りてぇ……」
そして時刻はそろそろ就寝時間を迎える。
また小出しな感じでスミマセン。
小出しなせいで一日が長いですね。
夕陽さんの苦行が終わらない…。
次は枕投げ…ドキドキな恋バナ…等、修学旅行並なイベントで盛り上げて終わりたいと思います。
しかし、みなみのドラム缶風呂、どんなだったのか気になります(´・ω・`)
あの子の感性は謎だ…。
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