第87話「陽菜andエナside*王子様一人につき、お姫様は一人*」

貴方の子供時代の誕生日の思い出はなんですか?



誕生日はいつも一人きりだった。

親は共稼ぎで、家にほとんどいない。



だからいつも彼女は一人きりで本を読んだり、絵を描いたりして過ごしてきた。



この先ずっと一人きりで生きていくのだろうか。

他人に遠慮しながら自分の存在を殺し、息を潜めて過ごす毎日は果たして本当に生きていると言えるのだろうか。



思えばあの頃の自分は、そんな事ばかり考える子供だった。

だから昔の事はあまり思い出したくない。



「……昔の事って、思い出したくないなぁ」



テレビのトーク番組での事前アンケートを眺めながら、陽菜はため息を吐いた。



「陽菜っち、まだ書いてないの?」



向かい席に座るエナはもう記入を終えたようで、退屈そうな顔でスマホを操作している。



「うーん。この誕生日の思い出ってヤツがね。私、子供の頃、誕生日を誰かに祝ってもらった事ないんだよね」



「えー、親とかは何もしてくれなかったの?」



エナはスマホを机に置いて、陽菜の方を見る。

きっと彼女は両親や多くの友人たちに囲まれ、幸せな誕生日を迎えてきたのだろう。


それを羨む気持ちはとうに卒業したが、やはりまだどこか寂しさに似た気持ちは残っている。


「うん。ウチ、親が共稼ぎで二人とも夜遅かったからね。プレゼントくらいは何度かもらった記憶はあるけど、パーティーとかは開いてもらった事はないかな」



「陽菜ちーっ!」



するとエナが駆け寄り、陽菜の後ろから抱きついてきた。



「およよ?どうしたの。大丈夫だよー。別にそんなの大した事ないよ」



「ううん。あるよー。絶対ある。…そうだ、これからは私が陽菜っちの誕生日を全力で祝うよ」



「あははは。ありがとう。嬉しいよ。でも今は皆で祝ってくれるじゃん。今年もそうだったし。だから今は楽しい思い出しかないよ。ただ、このアンケートは子供時代に限定してるから、ちょっと書きにくいんだよね」



今回のトーク番組はトロピカルエースの陽菜とエナがゲストで、毎回アンケートを元に決まったテーマのトークをする事になっている。


本来のゲストはエナとさらさだったのだが、昨日所属事務所が、森さらさが体調不良の為、しばらく休養する事を発表した。



そこで急遽ゲストに選ばれた陽菜はこの事前アンケートに頭を悩ませていたのだ。



そのアンケート内容は、子供時代の思い出だ。

エナから野球選手だった父とのエピソードを引き出したいが為のものだろうが、陽菜にとっては本当に困りものだった。


家族関係が驚く程、希薄だったので本当に書く事がないのだ。


まぁ、番組としては娘から見た後島継利の父親としての素の顔を引き出したいのだろうから、自分はおまけのようなものだ。


そんなに思い悩む必要もないのだが、嘘は書けない。


昔はネットもなく、多少の嘘や詐称は通ったものだが、今はそうはいかない。



「仕方ない。あまり暗くならない程度に、正直に書くかな」



「陽菜っち。書きたくなかったら無理しなくてもいいんだよ」



しかし陽菜は首を振る。



「結局さ、親に祝ってもらえなかったのは生活を支える為に仕方なかったんだし、それ以外ではきっと愛されていたんだと思うんだ。私がそれに気付かなかっただけで」



離れて暮らしてみて、今ではそれが少しわかってきた。


日々の忙しさにその溝を埋める為、家族で話し合う事をしなかったからこんな拗れてしまったのだ。



「それに友達が出来なかったのは、そんな寂しさを言いたくなくて、誰にも心を開かなかった見栄っ張りな私が悪いの」



ようやく陽菜はペンを走らせた。

このキラキラした世界にいると、あの暗く寂しい過去なんて遠い世界の出来事のように思えた。


だけど時々こんな形で過去と向き合わなくてはならない場面がある。


その度に落ち込み、憂鬱になってしまうのではいけない。

それを軽く受け流すくらい、強くならないといつまで経っても自分は成長出来ない。



陽菜は顔を上げた。



「だからトロピカルエースもさ、もっと皆で色々話そうよ。このアンケートの回答考えてたら自分の家族とトロエーが重なってね…」



「陽菜っち…。うん。だよね。リーダー戻ったらそうしよう」



エナはようやく笑顔を浮かべた。



「更紗、戻って来るよね?」



陽菜は不意に声のトーンを落として呟いた。



「戻ってくるよ〜。リーダーだもん」



「私ね、本当はこうなる前になんとかしたくて、真鍋さんに連絡先教えたんだけど、すぐにあの熱愛報道来ちゃったじゃない?あれで計画が丸潰れだったんだよね」



「えー、陽菜っの計画って何だったの?」



エナは身を乗り出してきた。

陽菜が少し声を潜め、エナにだけ聞こえるように囁く。



「本当はね、私が協力したかったのは更紗に真実を伝える役目。更紗が好きな人はみなみの彼だってね。出来るだけ刺激しないように伝えようと思ってたの。そんな時にあの報道が来たでしょ?計画が全て潰れだわ。だからもうこっちから手伝える事はないなって思ってたら、真鍋さんから相談したい事があるって連絡来て、うわぁ、今頃かよー。そんなの自分で考えろよーって思ったわけ」



エナは目を丸くして、すぐに笑った。



「あはははっ。みーちゃんの彼氏さんから回ってんね」



「でしょ?そんなのこっちに相談するより、みなみにしろって言いたかったけど、何か意地悪したくなって、わざと一十さんに相手させたんだよね」



「一十先生、トンチンカンだもんね。彼氏さん困ったんじゃない?」



トンチンカンさでいうと、エナも十分その部類に属するのだが、陽菜は敢えて口にしなかった。



「それが結構あの人にしてはまともな回答をしてたみたいで驚いたの」

 


「へぇ、一十先生頑張ったんだね」



「うん…。でも帰ってシンク見たらあの人、お茶の代わりにカップラーメン出してたみたいで脱力したわ」



「おっ、そこでトンチンカン発動?」



陽菜は力なく笑った。



「本当あの人らしいわ…」



「そういえば、みーちゃんと彼氏さんはリーダーに会いに行ってるの?」



エナはスマホを再び取って、一十からのメッセージを開いた。



「うん。もうこれは当人同士で話つけるしかないだろうし。どうなったとしてもこっちは部外者なんだから、それを受け入れるしかないよね」



「だね。皆幸せになればいいのに」



陽菜は苦い顔をする。



「王子様一人につき、お姫様は一人なんだよ。エナ」













ちょっと山小屋で修羅場?編の前に、裏サイドを挟んでおきます。

何故あの時、陽菜ではなく一十先生が夕陽の相手をする事になったのか…ですね。


陽菜さん、さぞご立腹だったんでしょうね。





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