第78話

「花火綺麗だね。耕平」



笹島家の縁側で兄と父が楽しげに手持ち花火を振り回している。



「まぁ、そうだね。ホントこういうの好きなんだよ。あの二人は…って、ナユタ何持ってるの?」



それをスイカを食べながら眺める笹島の隣にナユタがやって来た。



その手には大量の線香花火が握られている。

まさかの予感に笹島の顔が青ざめる。



「わっ、ナユタ!それは一本ずつ火を点けるものだよ。全部は危な……」


……シュボッ!


笹島の静止よりも先に、ナユタは蝋燭の炎に大量の線香花火を近付けていた。

あっと言う間に炎は紙縒を燃やし、燃え広がる。


「あはははっ。火の玉みたい。ファイヤー!」


「だぁぁぁっ、火傷するからっ!手を離っ…うわあちちちっ」



ナユタははしゃいでいるが、バラバラだった線香花火は一纏めの大きな火球のようになり、物凄い煙と共に激しく燃え出した。



「おっ、耕平。自慢のアフロに火の粉が付いたぞ?」

 

それを見た髭面の父が焦るどころか豪快に笑っている。

その横でジャンボ花火の準備をしていた兄までもが爆笑している。

こういうところは父と兄は非常に似ている。



「あっちちちっ!早く水っ」



ようやくナユタから火球と化した線香花火を奪い取ると、それをバケツに投げ入れ消火に成功したのだが、その火の粉が運悪く笹島のチリチリアフロに飛び火する。


乾いたアフロは燃えやすい。

たちまちオレンジ色の炎がアフロを蹂躙していく。



「アワワっ!熱っ!熱っ!」



笹島は煙の上がる頭を抱え、庭を駆け回る。

兄も父もそれを見て助ける素振りすら見せずゲラゲラ笑っている。


全く、ロクな親子ではない。



「耕平っ、お母さん連れて来たよ」



その時だった、逃げ回る笹島に大量の冷水が浴びせられたのは。


「ブワッ、冷てえ」


見ると、ナユタに連れられて大きなタライを持った母が怒りの表情で立っていた。



「バカなのかい。あんたはいい歳して火遊びなんかして。オネショしても知らないよ」



「がはっ。誤解だよ、母さんっ!」



「耕平オネショするの?」



「しないからっ!」



すっかり水を吸って元気のなくなったアフロからポタポタ水を滴らせながら笹島が吠えた。


するとその時、ナユタのポケットでスマホが震えた。



「あ、更紗姉さんからだ」


「へ……?森さらって」



ナユタはすぐに応じた。

そして何度か相槌を打って、こちらを見てきた。


「更紗姉さんが耕平と話したいって」



唐突にナユタはファンシーなケースのスマホを笹島に突き出す。

慌てて笹島はそれを受け取り、耳に当てた。



「うあ?あぁ、は…はい…あの、もしもしお電話代わりました。笹島っす」



まさかまたあの森さらさと直接話が出来るとは思ってなかっただけに声が上擦る。



「もしもし?笹島さんですか?この度は私の身内がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。この補償は後程必ず致します」


「いえいえ、そんな。人違いだったんだし平気っすよ。それに怪我もなかったんです。補償なんて結構ですよ」



電話の向こうのさらさの声はテレビ番組等で耳にするものより低くて硬い。

相手も緊張している事が伝わる。



まさかアイドルの彼氏と間違えられるとは、そんなドラマや漫画のような事がアフロな自分に起こるはずないと思っていた。

そう考えると、意味もないドヤ感が湧いてくる。


でも内心、どうせなら乙女乃怜の彼氏に間違われたかったと思ったのは内緒だ。


 

「そんな……。あの、笹島さんのスマホは弟の薔薇そうびから預かってますので、これからそちらのナユタを迎えに行く時にお返ししますね」


「あー、そういえばスマホ取り上げられてたんすよね。一応ショップの方に連絡はしてるんですけど…」


「大丈夫。中は見てないから。これは信用してもらうしかないんですけど」


「あ、別にそれはいっすよ。ロック掛けてますんで」



「じゃあこれから向かうのでそちらの住所教えてくれます?」



「あ、はい。じゃあ……」



しかしこれからナユタを迎えに来るという事はもうこれで彼女との接点は無くなるという事だ。


最初は面倒な子だなと思っていたが、こうして半日にも満たない時間だが、家で一緒に過ごしてみると淋しく思う。



「ナユタ、これから森さらが迎えに来るって」



そう伝えると、ナユタは不安そうに顔を曇らせる。


「何だ、なゆ太。もう帰るのか?」



それを聞いた兄がこちらにやって来た。



「……帰りたくないな。ここ、皆いて楽しい」



「ナユタ……」



笹島は辛そうに唇を噛んだ。

その時だった。

急にスマホを眺めていた父が立ち上がり、こちらにやって来た。



「おい、耕平。これお前か?」


「おわっ…親父、いきなり何だよ。……って、これっ、何なんだ?」



笹島は父の手からスマホを奪うと、食い入るように見つめた。


スマホのニュース画面にはこう掲載されていた。



「トロピカルエースの森さらさ、平日の公園で手作りお弁当デート。相手は一般男性」



写真は公園で仲良くお弁当を食べている森さらさとボカシは入っているが、スーツ姿の男性が写っていた。


笹島の顔から血の気が引いていく。



「これ……夕陽か?」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る