第75話
「耕平っ、いきなり連絡もなしで外泊して、よく知らない女の子まで連れて来て…。あの子、何なのよ…」
階下から母親の声が聞こえる。
あれから自宅にナユタを連れ帰った笹島は風呂に入り、自室で着替えを終えてサッパリした顔で降りてきた。
「いや、その…知り合いっていうか…まぁ、そんな感じ。ちょっと事情があって一人にしておけないからしばらくここで面倒みてくんない?」
「ちょっとそれ、大丈夫なの?警察に知らせた方がいいんじゃない?」
母は不安そうな顔でエプロンを握りしめている。
最初はビジネスホテルに彼女だけ泊めて帰ろうと思ったのだが、ホテルを前にすると、彼女が不安そうな顔で俯いたのを見て、止める事にした。
その結果、あまり親に心配をかけたくなかったが、実家へ連れ帰る事になったのだ。
笹島が家に女の子を呼んだのは小学校四年生の頃、クラスで出し物をする際の打ち合わせに自宅を提供した時くらいだろうか。
その時は、女子だけでなく男子も当然いたわけで、これははっきり言ってノーカウントだろう。
「大丈夫だよ。心配ないって。ちょっとの間だけだよ」
笹島は深刻にならないよう、明るく取り繕った。
しかし母はまだ眉間の皺を寄せたままだ。
「ねぇ、耕平。さっきあの子、お風呂の使い方がわからないって言うから、教えた時にチラッと見たんだけど…あの子の身体、凄い沢山の傷があったの。タバコでも押し付けられたような火傷や、切り傷…。一番酷かったのはお腹の打撲の痕よ。本当に大丈夫なの?」
「え……、マジ?」
母は深刻そうに頷く。
マンションを出る時、腕と足を確認したが、その部分だけでもかなり痛々しい暴力の痕跡があった。
それが全身に及んでいるとは、一体彼女はどんな扱いを受けていたのだろう。
それを考えると笹島の心は傷んだ。
現在、ナユタは客間で眠っている。
風呂を使い、母の服を借り、母に前髪を綺麗に整えてもらうと、彼女は見違えるほど美しくなった。
森さらさとは血の繋がりはないというが、十分アイドルとして通用するような、輝く美貌を備えている。
そのナユタは着替えが終わると、疲れていたのか糸が切れたように眠ってしまったという。
笹島は客間へ入り、布団の上で幸せそうに眠るナユタを見下ろす。
23歳と言っていたが、その身体は未成熟でとてもそうは見えない。
母が心配するのも頷けた。
「参ったよな。俺の心配よりこっちの心配の方が深刻だよ…」
森さらさの恋人と間違われて、マンションに拉致された昨日。
ナユタの話では、義理の兄がさらさに恋人が出来たから金がこちらに流れなくなったというような事を話していた。
つまりさらさは、義理の家族に金銭的な援助をしていた事になる。
ではさらさの恋人とは誰なのだろうか。
しかしそれを考えるより先に、ナユタの問題がある。
一応未成年ではないが、勝手にマンションから連れ出してしまった。
今頃、あのマンションではどうなっているのだろう。
「夕陽に頼りたいけど、今日は親にみなみん紹介するって日だから、邪魔したくないしなぁ」
森さらさと何とかコンタクトを取りたいところだが、出来るなら今は夕陽に頼りたくない。
連絡すればきっと、自分と同じお節介でお人好しな夕陽の事だ、全てを投げ出してここに来てくれるだろう。
それは出来ない。
今は自分で何とかしないとならない。
「はぁ……家に女の子呼ぶってシチュは夕陽と同じなのに、差がありすぎなんだよ」
笹島は再び、ヨダレを垂らさんばかりにスヤスヤ眠るナユタを見てため息を吐いた。
☆☆☆
「ちょっとソウビ!マンションに行ったけど、誰も居なかったじゃない。これはどういう事なのよ!」
「げっ、ね…姉さん」
新宿駅の裏手側にあるフラワーショップに、高いヒールをカツンと地面に響かせ、サングラスにマスク姿の森さらさが現れた。
ここは元々夜の街の客がホステスに贈る花を買い求める花屋で、さらさの義理の弟である
華やかな美貌の薔薇は店でも評判のイケメン店員として有名だが、芸能人の森さらさが義理の姉である事は伏せていた。
なので薔薇は姉の顔を見た途端、焦った様子でさらさを見せのバックヤードに連れ出した。
「困るよ。姉さん。店には来るなって言ったっしょ」
バックヤードの中は少し冷んやりとしていて、出荷待ちの花々や色とりどりのラッピング材料が乱雑に置かれていた。
さらさは怒りの表情を崩す事なく、義理の弟に詰め寄った。
「そんな事どうでもいい、あんた王子をどこへやったのよ」
「はぁ?王子…?」
つい口から出てしまった言葉にさらさは一瞬で赤面する。
「そっ…それは今はどうでもいいのよ」
「いやいや、王子って。そりゃないでしょ。あんなアフロ野郎が」
余程可笑しかったのか、薔薇は失笑気味で顔を歪めている。
「何言ってんのよ。王子はアフロなんかじゃないわ……ん?アフロ?」
さらさはそこで動きを止める。
何となく記憶の隅にモジャモジャした赤っぽいアフロヘアが蘇ってきた。
「姉さん?」
不審な顔で薔薇がさらさの顔を見る。
何か閃いたのか、さらさはパッと顔を上げた。
「そのアフロ、みなみの彼氏じゃない!」
「はぁぁぁ?」
事態は更に混迷を深めていた。
その頃。
「ここが、夕陽さんの実家かぁ……」
夕陽とみなみは、真鍋家の前に立っていた。
「ちょっと深呼吸っ。これ、下らないものですが!」
「下らないじゃなくて、つまらない…な。別にそんな口上いらねーよ」
空中へ向けて菓子折りを突き出すみなみに、夕陽は半眼で突っ込む。
「いよいよだな。あぁ。今頃笹島のやつ暇そうに釣りでもしてるんだろうなぁ。羨ましいぜ……」
今頃お気に入りの釣り堀で、釣りを楽しんでいるであろう友人を想像し、夕陽は実家の玄関を潜った。
「ただいま。父さん、母さん」
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