第76話

「初めまして、夕陽さんとお付き合いさせて頂いている長瀬巳波と申します。あの…、よろしくお願いします」


夕陽の横で両親に頭を下げるするみなみは、思ったよりまともな挨拶をした。

内心どうなる事かハラハラしたが、そこは何とかクリア出来たようだ。



「あら〜っ、凄く可愛い子じゃない。美空みくより少し下かしらね。ちょっと栗原柚菜に似てるんじゃない?」



母は人目も憚らず、大きな声で迎え入れる。

今日は化粧もバッチリで、綺麗めなサックスブルーのワンピースまで着ていた。

 

電話口では気のない感じで応対していたが、実はかなり気合いが入っているようだ。



「か…母さん、栗原柚菜はもう30過ぎてるよ。彼女はまだ19だ」



「ふふふ。後少しで20歳になりますけどね♡」



夕陽は慌てて訂正するが、母はどうもまだ彼女がトロピカルエースの永瀬みなみだとは気づいていないらしい。


みなみの方も敢えて訂正する事なく、ニコニコ笑みを浮かべている。


母は一目でそんな彼女を気に入ったようで、にこやかに家へ招き入れた。



「さぁ、中へ入ってちょうだい。色々ご馳走作ったから」


「わぁ、嬉しいです。お母様♡」


みなみは拍手しながら、母と家の中へ入って行った。


一方、父の方はあまりこういう事が苦手なようで、少し遠巻きにその様子を眺めている。


「悪いね。急で」


そんな父に、夕陽はコソっと詫びた。


「いいさ。お兄ちゃんの好きにしなさい。父さんは何でも受け入れるよ」


父は夕陽の肩に手を置くと、ゆっくりと家の中に入った。



        ☆☆☆



その頃、笹島は昨日から何も食べてなかった事もあり、母親に食事の用意をしてもらっていた。


ついでにナユタも呼んでこいと言われ、客間を覗いてみたが、彼女の寝ていた布団は綺麗に片付けられていた。



「あれ、どこ行っちゃった?」



まさか何も言わずに出て行ってしまったのだろうか。

そんな不安が過り、笹島はすぐに縁側へ向かった。


「あ…いた」


縁側では、体育座りをしたナユタがのんびりとアイスを食べていた。

その横には。ビール缶を片手に甚平姿の兄もいる。


「おう、耕平。女連れで朝帰りしたってか?やるなぁ、お前」


「兄貴……。違うって。そんなんじゃなくて」


きっと母が珍しがって兄に電話したのだろう。

何やら兄の目が揶揄うように細められているのが腹立たしい。


「ねぇ、耕平。祐悟がアイスくれたよ。耕平も食べる?」



「いや、俺は…って、ぐぼぉぉぉっ!」


 

問答無用で冷たいアイスが口に突っ込まれる。


「これ、よりにもよって小豆アイスじゃん!歯ぁ、折れるって」



笹島は強引に突っ込まれたアイスを見て大袈裟に騒ぎ出す。

小豆アイスは他のアイスより硬度がある為、場合によっては凶器になり得る。


しかも突っ込まれたのは、たった今ナユタが口にしていたものだ。

図らずとも初の間接キスを味わってしまった混乱もかなりある。


「本当に煩ぇヤツだな。お前は。とっとと飯にしようぜ」


ビールを一気に飲み干すと、兄は笹島を残してナユタと家の中へ戻って行った。

いつの間に、二人はこんなに打ち解けたのだろうか。


その兄がこちらを振り返る。


「そうだ。耕平、飯食ったら花火やるぞ」


「は?」


そう言った兄の手には可愛らしいアニメキャラクターが印刷された花火セットが提げられていた。


多分、コンビニでアイスやビール等のついでに買ったのだろう。


兄と父は縁日や花火等が大好きな人種だ。

ついでに庭先でのバーベキューもテンションが上がる。

笹島にはどうも二人のノリについていけない。


「親父が仕事帰りに打ち上げ花火も買って来るっていうから、楽しみだな」


兄は豪快に笑う。


「花火?」


ナユタは不思議そうな顔で聞き返した。



「おう、なゆ太は花火知らないのか?」



「…知ってる。テレビで見た事はある。だけどやった事はないよ」



「そっか。なゆ太は初めてか。なら楽しみにしとけよな」



「うんっ!」



兄はまた豪快に笑ってナユタの頭をポンポン叩く。

何となく親子のように見える二人だ。


だが、そのやり取りに笹島は違和感を覚える。


「ん?何か兄貴、今、変な変換で呼んでたような…「なゆ太」って何だよ」



笹島は軽い頭痛を覚えた。



         ☆☆☆



「あれ……、マジで誰もいない。おかしいな。それにナユタもいないのは変だな。あいつが一人でいなくなるはずないし…」


一方、さらさと薔薇そうびは笹島を監禁したマンションへ来ていた。

部屋は誰もいない、ガランとした空間が広がるのみだ。


ここは潤也が言葉巧みにさらさに買わせた物件で、一棟丸ごと潤也の持ち物なのだ。

その空室に閉じ込めておいたのだが、笹島の姿もナユタの姿も綺麗に消えていた。



「あんたナユタまで巻き込んでたの?」



さらさは怒りに任せて薔薇の頭を叩いた。



「痛っ、俺が巻き込んだんじゃねーし。……いや、…だって潤兄さん超怖ぇんだよ」



薔薇は金髪の頭をボリボリ掻いて項垂れた。

潤也は薔薇とナユタを手下のように扱っている。

この二人も被害者のようなものだ。



「もう我慢ならないわ。あいつを何とかしなくちゃ。これ以上好きにさせない」


「姉さん……」


「あんたも男なら、自分で立ち上がりなさい。情けないでしょ。いつまでもあいつのいいように使われて」



薔薇は唇を噛み締める。

幼い頃から父親から暴力を振るわれて育ってきた。

母親はそんな父が怖くて、早々に離婚した。


その後、上京したてのさらさの母親と再婚したが、さらさにまで暴力を振るおうとしているのを見て、必死で止めた。


しかし、さらさはその時から既に子役としてそれなりの収入があった為、父は別の利用法に切り替えた。


さらさが収入の殆どを搾取されている事は知っていたが、力のない薔薇にはどうする事も出来ない。


助けたくても助けられない。

そんな歯がゆい思いは数年間続いた。


その父が二年前に脳梗塞で倒れてからは、それがパッタリと止んだ。

薔薇は心の底から喜んだが、すぐにそれを受け継ぐ者が現れた。


姉の瀬奈が突然結婚したのだ。

その相手が笠原潤也だ。

潤也は父親以上に狡猾で、一気に暴力で薔薇とナユタを配下に収めた。


この圧倒的な絶望感から抜け出すにはやはり潤也をなんとかしなくてはならない。



「そんなのわかってるよ。でもどうしたらいいんだよ」


「まずはナユタと笹島さんの行方を探しましょう」



さらさは鞄からスマホを取り出して、ナユタの番号にかけた。















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