第71話

「ふぁぁ〜ぁ。暇だなぁ」


みなみは大きな欠伸をして、クッションに顔を押し付けた。

彼女の周囲には食べかけの菓子や漫画が散らかり放題だ。


「こら、暇ならこっちを手伝え」


そこに雑巾片手に夕陽が不機嫌な顔で現れる。


「えーっ、今忙しいもん」


「お前はどの口で言うんだ」


「いひゃい。いひゃいろ。うーひひゃん」


夕陽は思い切りみなみの頬を引っ張った。

先日のツアーからしばらくオフになったみなみは、この通り朝から夕陽が仕事を終えて戻るまで、ずっとダラダラ過ごしていた。


「ちょっと弛みすぎだぞ?たまには外に出て運動したらどんなんだよ」


「えー、そんな事したら大スターのお出ましに街がパニックになっちゃうよ」


「ならない。ならない。大体こんなだらし無いヤツがアイドルの永瀬みなみなんて、思うわけないからな」


そう言って夕陽は落ちているお菓子のゴミを拾い上げる。


「酷っ。あ〜ぁ。最近ますます夕陽さん、おかんぽくなったなぁ」


「お前がそうさせてんだろうが。さて、飯でも作るか…。今日は何食いたい?」


掃除をする手を止めて、夕陽はエプロンを取り出す。

主婦……主夫は何かと忙しい。



「オムライスかハンバーグかカレー」



「典型的なお子様メニューだな。まぁ、どれも作り慣れてるからいいけど」


そう言って夕陽は冷蔵庫から食材を選んでいく。 


「あ、モモ肉の期限が近いな。今日下味を漬け込んで明日は唐揚げにするかな」


「わ〜い。唐揚げ大好きー♡」


「マジで小学生の子を持つ母親の気持ちになるな……。明日が肉ってなると、今日はタラのホイル焼きにするか。ムニエルでもいいけど。あまりバター使いたくないしなぁ…」


夕陽が頭の中でカロリーを計算しつつ、手際よく材料の下拵えをしていると、みなみがリビングで何かを見つめているのが目に入った。


「急に静かになったと思ったら、何を見てたんだ?」


彼女の手元を見ると、それは妹の美空が大学に入学した時に岡山で撮った家族写真だった。


どこか誇らしげな美空と、それを喜ぶ両親。そして当時はまだ着慣れてなかったスーツ姿の自分がいた。


「これ、夕陽さんの家族?」


「まぁな。ウチは父さんが普通のサラリーマン、母さんは専業主婦。妹は大学生の四人家族だ」


「へぇ、仲良さそう」


みなみは幸せそうな顔で写真を眺めている。

確かみなみの両親は離婚しているはずだ。

だからか、余計に思うところがあるようだ。


「仲はいい方だと思うな」


「そうだっ、ねぇ夕陽さん。私、夕陽さんの家族に会いに行きたいな」



「は?」

 


みなみの突然の思いつきに、夕陽は思い切り顔を顰めた。


「ちょっと、何なのその顔は〜。ただ、ご両親にサクっと「コイツが今オレが付き合ってるハニーだぜ」って、紹介するだけじゃん」


「おいおいおい、俺のキャラ崩壊してんじゃねぇか。そりゃ、お前が一般人の彼女だったら普通に紹介出来たわ。だけどアイドルの彼女なんて、サクッと言えるか?俺の両親、クリティカルヒットで瀕死だよ」



想像するだけでも恐ろしい。

しかし、いつかは両親に打ち明けるべきだとは思うが、出来ればまだ先延ばしにしたい。



「えー、喜ぶよ。きっと。こんな人気絶頂アイドルが息子の彼女だなんて!って、私が夕陽さんのご両親だったら泣いて喜ぶな」


「俺の両親に変な設定背負わすなよ。一般家庭なんだぞ。まぁ、紹介……は気は進まないけど、可能ではある」


「ホント?」


みなみは嬉しそうに顔を綻ばせる。

そんなに夕陽の両親に会いたいのだろうか。


「問題は、俺今まで両親に彼女紹介した事も、家に連れてきた事もないんだよな」


「え、彼ピの部屋でイケナイお部屋デートしなかったの?」


「………………親いない時に呼んだ事はある」


「うわぁぁぁぁん。聞かなければよかったー。悔しい。私なんてこんなイケテナイ部屋でデートしかしてないのに!」



「あああっ、イケテナイのはお前が汚すからだろ。もぅ。とにかくそんな中で彼女連れてきたら、絶対結婚するって思われるって事だよ。いいのか?」



「いいじゃん。別に」



「マジかよ。お前、妙に漢らしい時あるのな」



随分あっさりしたみなみの即答に、夕陽は感心する。


「だって、私夕陽さんにプロポーズされたんだよ?だから別にそう思われてもいいよ」


「みなみ……」


確かに去年、勢いで彼女にプロポーズした。 


その事はずっとうやむやになっていたと思っていただけに、じわじわと幸せな気持ちが溢れてくる。


今はまだ彼女の事務所の契約の事もあるし、夕陽はその前に彼女との格差を少しでも埋める為にステップアップしなくてはならない。


すぐに結婚は出来なくとも、両親へ紹介するという事は、彼女との将来が現実化するような気にさせた。


「そうだな。じゃあ行ってみるか。妹は先月夏休みで二週間くらい帰省してたみたいだけど、もう帰ってるから会えるのは両親だけだな」


「妹さんにもいつか会いたいなぁ」


「会えるよ。これからいつだって。それよりいつにするんだ?」


スマホを手に、夕陽は若干緊張した顔でみなみを見る。


「オフは来週の半ばまでだから、今週末がいいかな。夕陽さんもお休みでしょ?」


「わかった」


夕陽は緊張の面持ちでスマホの通話アイコンに触れた。


















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