第60話

「なぁ、森さらさってどんな人物なんだ?」



あの森さらさとの奇妙な再会から数日後、久しぶりのオフで、朝からずっと夕陽の家に入り浸っていたみなみに、そんな問いかけをしてみた。


みなみは面倒くさそうに大きな欠伸をする。


「えー、森さん?トロエーのリーダーだよ」


「アホか!そんなのお前じゃなくてもわかるわ。俺が知りたいのは公式プロフに載らない、お前しかわからないような情報だよ」


「えー、そんな事言われてもなぁ。あの人、怖いからあまり話もしないし、よくわかんないよ」



「怖い?そんなに怖いのか、あの人」



あの時の彼女からは、そんな怖そうな印象を一切受けなかった。

ただ変わり者…という意味では別の怖さを感じたが。


「怖いよ!絶対妥協しない人だから、少しでも気に入らないと出来るまで残って練習させるし、ダンスの先生より厳しいの。とにかく超スパルタ!」


「へぇ…凄いじゃん。やっぱり真面目なんだな」


彼女の中々考えを改めない一本槍なところは確かにそうなのかもしれない。


そんな事を考えつつ、夕陽はキッチンへ戻る。

そしてエプロンをして、夕飯を作るべく熱したフライパンにバターを入れた。

ジュワッとバターの焦げる香ばしい匂いが辺りに広がる。


そのバターをたっぷり溶かしたフライパンに卵を二つ割り入れ、手早く半熟の薄焼き卵を作る。

そして余熱で卵が固まりきらないうちに、予め作っておいたチキンライスを放り込んだ。


最後は軽くフライパンを傾け、トントンと叩けば、あっという間に黄金の卵に包まれたオムライスが完成した。


「ほら、特製オムライス」


テーブルの上に置くと、みなみは嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


「わぁっ、オムライスだ〜♡夕陽さん、本当に料理上手だよね。あ、ケチャップで「ラブ」って書いてあげる」


「いいって…どうせお前の事だから「LOVE」じゃなくて「LOVA」にするに決まって……ってもうロバにしてんのか!早っ」


「だって夕陽さんが横からロバって言うから、ついそのまま書いちゃったじゃん。あれ、でもロバって「LOBA」じゃないの?この場合、ロヴァ?」


「どうでもいいよ。んな事」


ふっくらしたオムライスにはしっかり「LOVA」と書かれていた。

しかもケチャップが少し掠れて、鮮血の飛び散ったダイイングメッセージのように見える。


「犯人はきっとロバだよ。夕陽さん」


「……やかましい。早く座れ」



そうして二人は互いに席につき、ケチャップで散々遊んだオムライスを食べた。



…「まぁ、いいか。傘も返してもらった事だし。多分もう二度と会わないだろう」


さらさのテレビと実物のギャップに驚きはしたが、相手は人気の芸能人だ。


あんなスーパーでの偶然はもうないだろう。

みなみと同じグループに属しているという接点しかない。

そう思って夕陽は彼女との事を忘れる事にした。


 

        ☆☆☆



「あ、そうだ。今月から後期のツアーが始まるよ。夕陽さん、来てくれる?」


夕食を終え、二人で食器を洗いながら、みなみはふと、壁に貼られたカレンダーを見た。


「あぁ、それなら来月のファイナル、笹島にチケ取ってもらって確保済みだぞ。相当プレ値上がってて驚いた」


そう言って、夕陽はローテーブルの下に置いていたチケットホルダーをみなみに見せた。


本当は何やら照れ臭くて行かないつもりだっ

たのだが、笹島に誘われて東京での最終日に行く事にした。


「本当?嬉しいな〜。何なら私がチケット全日程分用意したのに」


「いやいや、全国ツアーだぞ。無理だって」


ファンの中にはそういう者もいるだろう。

しかしその場合、仕事や学校はどうしているのだろう。


「そっかぁ、じゃあファイナルは張り切らないとね」


「全日程、張り切れよな」


食器をしまい、一息ついて夕陽は冷蔵庫からスムージーを取り出す。

最近はみなみに合わせて野菜を採る事が多くなった。

それで毎日にようにスーパーへ行く事になったのだが、まさかあんなところで現役アイドルと遭遇するとは思わなかった。

それも特売品を目当てに。


忘れようとしたのに、思い出しただけで笑えてくる。


「夕陽さん?」


それを見たみなみが首を傾げる。


「いや。別に。それより頑張れよ」


「うん。勿論だよ。はぁ、終わったら、皆にも夕陽さんを紹介したいな〜。ちょっとでいいから楽屋に呼んでもいいか聞いてみようかな」


「いや、いいって。今、そういうの厳しいんだろ?」


バックステージに呼んでもらえるなんて、夢のような出来事だが、それで迷惑をかけるような事はしたくない。


夕陽が断ると、みなみはすぐにむくれる。


「つまんないなぁ…。あ、エナのとこ、お父さんが来るらしいよ」


「え、あの後島選手?」


「うん。何回か来てるけど、何か孫にメロメロなじぃじって感じだったよ」


夕陽は顔を顰めた。


「……父親だろ?」


「………だよね?」



その後、みなみは本格的にツアーが始まると全国を飛び回る生活になり、分刻みのハードスケジュールを送る事になった。


夕陽もそんな彼女の頑張りを応援しながら、仕事に精を出した。


そんな頃だった。トロピカルエースのツアーが始まって間もない週末、街に号外が出た。



「on timeの秋海棠一十、都内の別荘より自殺未遂で搬送される」



そのセンセーショナルな一報に街はざわついた。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る